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第14話

生き埋め


 充電を終えた私は、ゆっくりと立ち上がった。  靂の隣に並び、ふたりで霖の亡骸を見下ろす。  しかし、セミの声があまりにも喧しくて、霖の顔がよく見えない。  金星の空気は重く、鳴き声は金属の膜のように空間を振動させ、私たちの鼓膜を痛めつけていた。 「これから、どうする?」  私が問うと、靂は視線を彷徨わせながらあたりを見回した。 「……土を掘らないと」  けれど、スコップなど持ってきていない。  裏山のどこかに、都合よく掘るための道具が落ちているはずもない。  見渡しても、掘るのに使えそうなものは何ひとつ見当たらなかった。 「仕方ないか」  靂も呟く。「うん。素手で掘るしかないね」  そう言うと、彼女はしゃがみ込み、まるで砂場遊びでも始めるような軽い動作で、両の手を土に突っ込んだ。  私もその向かい側にしゃがみ、彼女と向かい合う形で掘り始める。  セミたちの鳴き声が、まるで狂気の合唱のように響く。  私たちは何も言わず、ただその音と沈黙をサウンドトラックのように背負いながら、無言で掘り続けた。  裏山を登るのもしんどかったが、この作業はそれ以上だった。  時間が経つにつれて、靂の呼吸も荒くなっていくのが聞こえる。  沈黙のA面は終わり、今度は“荒い息”のB面に切り替わった。  二人の息遣いが、交互に響く。  それはどこか興奮を帯びた音で、ピンポンのラリーのように、呼吸が互いにぶつかり合い、行き来する。  穴は少しずつ、だが確実に深くなっていった。  掘り上げた土が、私と靂の横に積み重なっていく。  まるで私たちの影が立体化して、もう一人の私たちを形作っていくようだった。  地面は、金属の匂いがした。  そう、この星の大地は土ではなく、金属粉でできている。  色も、地球のような褐色ではなく、濃い灰――メタリックグレー。  木々は人工的に再現されているが、この土壌の冷たさのせいで、どこか全てが廃墟のように見えた。  しかも、金属粉の層は異常に硬い。  本物の砂のように指が沈まず、削るたびに火花が散るほどの抵抗を返してくる。  それでも素手で掘り続けた。  火星からここへ移住する際、金星の過酷な環境に耐えられるよう強化皮膚を装備してきた。  だが、それでも――まだ女の子一機を埋めるには十分な深さにも達していないというのに、  私の両手の皮膚はすでに擦り減り、剥がれ落ち、  内部の合金層――鋼鉄よりも、チタンよりも強靭なアルミ合金が、むき出しになっていた。  靂も同じだった。  彼女の両手も、皮膚が剥がれ、血管のような配線が露出している。  金属の指先から、微かに青白いスパークが散っていた。  私は手を止め、彼女を呼んだ。 「靂」  靂も手を止め、顔を上げた。  その目は真っ赤に充血し、怒りと焦燥が入り混じった表情をしていた。  まるで、作業を中断されたことを激しく拒む職人のように。  私は少し怯みながらも、口を開いた。 「これ以上、素手で掘ってたら手が壊れる」 「……」 「手が壊れたら、何もできなくなる。手はヒューマノイドロボットの構成要素の中で一番重要だ。きっと、俺たちを造った企業は、手の設計に一番の心血を注いだはずなんだ」  自分でも、言い訳のような言葉だと思った。  だが、靂は黙ったまま、私を見つめている。  その沈黙が、まるで重い電子音のように、耳の奥を震わせた。 「だから、もう素手で掘るのはやめよう」  私は続ける。 「道具を探したほうがいい。……まだ、三分の一くらいしか掘れてない。先は長いからさ」  すると靂は、何も言葉を発することなく、しゃがみこんでいた姿勢のままゆっくりと立ち上がった。  そして、立ちくらみでもしたのか、ふらりと私の方へ傾いてくる。  私は反射的に、彼女を支えるための姿勢をとった。  そのまま彼女が倒れ込んできたので、私は自然と腕を広げて受け止める。  まさに“抱きとめる”というやつだ。  靂の体が私の懐に落ちるように沈み込み、彼女は首だけを少し回して私を見上げた。  彼女のボディの温度と、私のボディの温度が、遠くで鳴くセミの悲鳴を接着剤にするかのように、ゆっくりと溶け合っていく。  そのせいか、彼女の顔に張りついていた怒りの表情が、ほんの少しやわらいだように見えた。 「キス」  靂が命令する。 「して」  私は間を置かず、彼女の唇に自分の唇を重ねた。  そうして、3秒――永遠のように長く感じられる間、口づけを交わした。  結果的に、やって損はなかったと言える。キスのあと、彼女の顔から怒気は消え、代わりに駄菓子屋で見かけたドーパミン中毒の子どものような、恍惚とした表情に変わった。  たぶん、私の口の中にまだ溶けかけたドロップの残骸があって、それが彼女の舌に紛れ込んだのだろう。  とにかく、キスのおかげで彼女は少し正気を取り戻したようだった。  やがて靂は、私の懐から身を起こし、立ち上がる。今度は立ちくらみもないようだ。  さっきのようにしゃがみこんでいたわけではなく、ただ私に抱かれていただけだったからだろう。  靂は立ち上がると、床に無造作に投げ出されたように横たわっている霖の方へ歩いていき、その前にしゃがみこんだ。  彼女は霖の肩と腕をつかむと、ぐっと力を込めて引っ張る。  ――ちぎれた。  肩から引きはがされた腕の断面からは、回路や配線が筋肉のように、あるいはラーメンの細麺のように伸び、火花を散らしながら引きちぎられていく。  その作業を靂はもう片方の腕にも繰り返し、やがて二本の腕を抱えて、私たちが掘っていた穴の方へ戻ってきた。  彼女はそのうちの一本を私に手渡し、短く言う。 「腕スコップ」




「……」  私は黙ってそれを受け取った。  そして、二人でまた穴を掘り始める。  今度は素手ではなく、ちぎられた女の子の腕をスコップ代わりにして。  以前、霖のボディは誰か――おそらくオーナーによってカスタムされていると聞いたことがある。  実際に手に取ってみると、グリップ感というか、質感というか、確かに大量生産型のヒューマノイドとは違う。  とにかく頑丈だった。  外側の皮膚はすぐに摩耗して剥がれたが、中の金属部分は、私や靂のものよりもずっと丈夫そうだった。  スコップとして使うには、これ以上ないほど上出来なパーツだった。  私たちは再び黙々と穴を掘り続けた。  あまりに反復的で、飽きるとまでは言わないが、周期的に退屈が波のように押し寄せてくる。  そのたびに私は視線を他へそらし、ふと霖の方を見た。  腕を奪われたときに首がこちらへ向けられたのか、霖の顔は私の方を向いていた。  開ききった空っぽの眼窩が、まるで雨の日に道端で息絶えた野良猫のそれのように、ぎょろりと私の方に向けられている。  ――そして、その口角が、ゆっくりとニヤリと上がった。 「……」  死んでいなかった。  つまりこれは、埋葬ではなく“生き埋め”なのだ。 「靂、これは生き埋めだ!」  と、叫びたかった。  けれど、驚きのあまり私のスピーカーは壊れてしまったらしい。  まるで大音量で膜が破れたように、私は口をぱくぱくと動かすだけで、音を出すことができなかった。  霖のCPUはまだ動いている。  だが、それを靂に伝える術はない。  靂は相変わらず、ひとつの作業に没頭するように、ものすごい集中力で穴を掘り続けていた。  仕方がない。  まずはこの穴を掘りきって、あの意識のある霖を中に放り込むしかない。  私は確信していた。  霖はただ者ではない。  というか、存在そのものが異常だ。  この村で“神様”として崇められるのも当然だ。  後頭部を少し爆発させられようが、両腕をもぎ取られようが、あんな余裕の笑みを浮かべていられる存在なのだから。  埋めたあと、どうなるかなんて見当もつかない。  けれど、彼女なら生き埋めにされても平気だろう。  それに、私たちを止めようとする様子もなく、むしろ――生き埋めを楽しみにしているように見える。  その微笑みは、まるでラブレターのように私の方へ向けられていた。  いろんな雑念に駆られているうちに、穴は掘り終わった。  少女型ヒューマノイド一体がすっぽりと入るほどの空間が、土の下にぽっかりと口を開けている。  靂が立ち上がり、立ちくらみを覚えたような顔でこちらを見た。  私も続いて立ち上がり、同じように心地よいめまいを感じながら彼女に視線を返す。  私たちはしばらく、掘り上げた穴――つまり自分たちの作品を見下ろし、そして同時に霖の方へ目を向けた。  彼女は、いつの間にかそのぎらついた眼窩を静かに閉じていて、狂気じみた笑顔も消え、まるで眠り姫のような穏やかな寝顔に変わっていた。  私と靂は無言のまま霖に歩み寄る。  靂が上半身――つまり両腕をもがれた肩口のあたりを両手で持ち上げ、私は彼女の下半身、靴の脱げた素足の足首をそれぞれつかむ。  運び出す途中、セミたちの悲鳴があまりにも重くのしかかり、途中で何度か手を放しそうになったが、なんとか持ちこたえ、穴の縁まで運ぶことに成功した。  穴をはさんで、私と靂は霖を抱えたまま向かい合う。  まるでその身体が、穴の上に架かる橋のようだった。  互いに無言で見つめ合い、言葉よりも膨大なデータ――1億テラバイト分の意味を光速で交わす。  そして同時に、霖の生きた死骸を、穴の中へ放り込んだ。  すっぽりと収まった霖の身体。  私たちはそれを見下ろし、使い終えたスコップ――つまり彼女の腕を、棺の上に花を添えるように穴へと投げ入れた。  礼儀正しく靂に倣い、私も素足になった。  そして、隣に積まれた土を足で崩しながら、ゆっくりと穴を埋めていく。  金属の土が静かに沈み、霖の身体を覆っていく。  掘り返された地面からは、セミの声がなおも続いていた。  あまりの音圧に、私は耳の奥が熱を持ち、やがて潤滑油が血のように滲み出し、耳から涙のように流れ出る。  生き埋めを終えた私は、小さく、誰にも聞こえないほどの声でつぶやいた。 「セミのせいで、耳で泣く」