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20


ラジオから流れるニュースキャスターの声を聞きながら、幻は目を覚ました。  地球は今日も平和だ、と誰かが言っている。  幻は上半身だけを起こし、星々の光に満ちた外の景色をしばらくぼんやりと眺めた後、ベッドから這い出して、月での一日を始めた。  部屋を出て、一階に降り、風呂に浸かる。  温かいシャワーを浴びた後、キッチンに向かって冷蔵庫の扉を開ける。  中には多種多様なスイーツがぎっしりと詰まっていた。なぜか冷蔵庫は、開けるたびにいつもこの状態で満たされている。  幻は少しだけ悩み、特大サイズのチョコパフェを選ぶ。そして携帯ラジオを手に、外へと踏み出した。  ゆったりと欠伸をしてから、静寂に包まれた「静かの海」を見渡す。  それから、焚き火のそばへと足を運ぶ。  その炎は、薪を足さずとも絶えることなく赤々と燃え続けている。  彼は二つ並んだ折りたたみ椅子のうちの一つに腰を下ろし、サイドテーブルに置いたラジオの音量を上げた。そして、ちょうど夜が訪れようとしている蒼い地球を眺めながら、パフェを口に運んだ。  地球はいつものように美しく輝き、天を仰げば銀河が滔々と流れている。  完璧すぎる景色を眺めているうちに、幻はふと飽和した感覚に襲われ、焚き火の方へと視線を逸らした。パフェは半分も食べないうちに飽きてしまい、そのまま燃え盛る炎の中へと放り投げた。  そして、隣にあるもう一つの空席をじっと見つめながら、ぼんやりと思考を巡らせる。
 誰かを、ずっと待っている。
 けれど、それが誰なのかは分からない。  ただ漠然とした予感だけを頼りに、  当てもなく、果てもなく、  ひたすら待ち続けている。  起きて間もないというのに、再び心地よい眠気が襲ってくる。  幻は椅子から立ち上がり、大きく伸びをした。  今日はどの方向へ散歩に行こうかと周囲を見渡し、小さく溜息をつく。  月面の至る所に、すでに自分の足跡がくまなく刻まれている。  月の裏側まで行ってみようかとも考えたが、どうせ暗くて何も見えないだろうと思い直す。  これから一体、何をすればいいのだろう。  立ち尽くして思案に耽っていると、突然ラジオから、地球からの緊急速報が流れ込んできた。

『本日――月への有人着陸が、いよいよ行われる予定です』

 幻は、耳を傾ける。  宇宙飛行士に選ばれたのは、石原奏汰という名の二十代の男性らしい。  計画の概要に始まり、アナウンサーによる長々とした説明が続いたが、幻の意識はすでにその名前に釘付けになっていた。 「石原、奏汰……」  口の中で転がしてみる。  確かにどこかで聞き覚えのある、懐かしい響きだった。だが、今の幻の頭には、記憶と呼べるものは何一つ残っていない。  その名に関連した感情の断片がわずかに浮上しかけたが、指先で触れようとした途端、それは燃え尽きた灰のように脆く崩れ去ってしまう。  やがて地球から打ち上げられたロケットが、幻の視界に現れた。  それは月に向かって一定の速度で接近し、月の希薄な大気圏を静かに突き抜けてくる。ロケットは墜落することなく、エンジン部分を下方へ向け、慎重に減速しながら着陸態勢に入った。  そして、幻のいる場所からそれほど遠くない地点に、真っ直ぐ垂直に降り立った。  着陸の際に生じた突風が、幻の元まで押し寄せてくる。  幻は両手で顔を覆い、砂塵が収まるのを待ってから、おもむろに顔を上げた。  焚き火が消えた後の灰を見下ろした後、彼は吸い寄せられるようにロケットの方へと歩き出した。  幻が近づくと、ロケットのハッチが開き、中から一人の人物が姿を現した。  ニュースで聞いた通り、二十代半ばほどに見える男性だった。  やはりどこかで見たことがあるような顔立ちだったが、確かなことは何も思い出せない。  幻が警戒してわずかに後ずさると、その男性は穏やかに歩み寄り、声をかけてきた。 「幻。久しぶり。……待たせたな」 「……」 「さあ、行こうか」  そう言って、彼は大きな手を差し出した。  幻は後退するのをやめ、慎重に彼の方へ近づく。 「……どこへ?」  幻が尋ねると、奏汰は視線で遠い地球を指し示しながら答えた。 「決まってるだろ。母さんのところだよ」 「母さん?」 「ああ。紬が、ずっと待っている。行こう」  奏汰が再び手を差し出す。幻はその頼もしい手をまじまじと見つめ、ふと思った。  待っていたのは、俺だけじゃなかったんだ、と。  胸の奥で、期待が小さな火を灯す。  不安も完全には拭えなかったが、もう迷いはなかった。  幻は勇気を振り絞って奏汰の手を握り、彼と共にロケットの中へと乗り込んだ。