第13話

裸の隕石


 私たちはそのまま墜落した。
 まず車が、あるビルの屋上にミサイルのように直撃し、周囲一帯で派手な爆発を巻き起こした。まるで巨大なキノコ雲のような火柱が空に登り、この街に新たな創造性を吹き込んだ。
 それは、いつも鼻につくような花火の爆発に慣れきったトロピカル・ナイト・シティのヒューマノイドロボットたちから、思わず拍手喝采を誘った。
 彼らは、どうやら花火に飽き飽きしていたらしい。
 本物の爆発こそが必要だったのだと、私は気づく。
 墜落する中、熱を帯びていく。
 落ちるほどに、私と迅璃の体はどんどん熱くなり、まるで小さな隕石のように全身が火の玉と化した。
 このトロピカル・ナイト・シティの濃厚で暑い大気に包まれたせいだ。
 私と迅璃は、口を開くことすらできないほどの熱気の中で、辛うじて可視光以外のセンサーで互いの存在を確認し、必死に手を繋ぎ、抱き合った。服はすでに燃え尽き、私たちは裸の隕石となって、絡み合ったまま街の中心へ垂直に降下していった。
 そして、ついに地面に激突。
 さっきの車の爆発よりもはるかに派手な炎の森が湧き上がり、轟音とともに、トロピカル・ナイト・シティの静寂を大きく揺さぶった。
 まるでマグマの海に潜るスキューバダイビングのような感覚の中、耳をつんざくような音のハーモニーが響き合う。そのマグマの海には、見たこともない凶暴なバラ色のピラニアが群れをなし、白髪のオーケストラが奏でる火の海の中で、私と迅璃の裸の体に食らいつこうとしていた。
 私は、記憶喪失のまま目覚めたあの部屋以来、最大の恐怖を味わった。
 迅璃と二人三脚のような姿勢で、必死にそのピラニアから逃げるために泳ぎ始めた。二人で泳ぐのは、確かに一人ならもっと楽だったかもしれない。
 でも、迅璃と離れるなんて意味がない。
 ピラニアに食われても構わないと思えるほど、迅璃がいるからこそ、もっと生きたいと強く願うのだ。
 なんとか、紙一重よりも億分の1も薄い差でピラニアの脅威を逃れ、マグマの海から首を出して呼吸を取り戻した。
 だが、下半身はまだマグマに浸かったまま。
 ピラニアたちは、鋭く無秩序な数百本の歯をむき出し、猛烈な勢いで私と迅璃の裸足に食らいつこうと泳いでくる。
 その物騒な姿に、私はぞっとする。
 周囲を見回すと、茜色のマグマの水面上に、かつてタクシーだったオープンカーの残骸が浮かんでいた。車の下部、バッテリーだった板状の部品が、ちょうど二人で乗るのにぴったりのサイズで漂っている。
 私と迅璃は迷わずそこへ向かい、全力で泳いだ。
 そして、ピラニアに噛まれる0.00000008秒前に、その板の上に避難できた。
 ピラニアたちは、硬い突起のような舌を打ちながら、まるで裏路地のマフィアのような威嚇の表情で「今回は見ず知らずだ」とでも言うように、私たちの周りから去っていった。
 ピラニアが退くと同時に、火の海も徐々に落ち着きを取り戻していった。
 どこか遠くから、ノスタルジックなサイレンの音が聞こえてくる。
 鼓膜センサーに、長い年月を経た地層のようにその音が積もっていくのが感じられた。合計911台の消防車と救急車が、私たちが激突した現場に駆けつけてきた。
 消防車は、この街でよく見かける金魚のような色合い。
 救急車は、病院のエンジニアの診察室で見た黒い壁紙を泳ぐ白い鯉の色に似ていた。
 それらの車の上部から放たれる警告灯は、温かみのあるビビッドなネオンライトを輝かせ、事故の当事者である私と迅璃をスポットライトのように照らし出した。
 あまりの眩しさに、目を開けていられない。
 私は迅璃の手を握ったまま、片手で顔を覆った。
 まるでマスコミのフラッシュから逃れる話題の人物のように。
 注がれる光の量、関心の強さがあまりにも過剰で、CPUが立ちくらみを起こすような状態だった。
 そして、暑すぎた。
「暑い……」
 その言葉を口にした瞬間、熱さが三倍に膨れ上がった。
 その暑さのせいで、バッテリーの残量が感じ取れるほど急激に落ちていた。
 ファストフードのおかげでほぼフル充電だったはずのエネルギーが、また小数点以下にまで低下している。
 みんなの注目を浴びながら、このまま永遠にシャットダウンするのも悪くないかもしれない――そんな考えが一瞬よぎる。
 迅璃と一緒にいる姿を最後に見届けられるなら、それも悪くない気がしてしまう。
 だが、迅璃まで永遠の眠りに落ちるのを見るのは耐えられない。
 なんとかならないかと、辛うじて目を開け、周囲を見渡した。消防団のホースから噴き出すかき氷のような水が、強烈な水圧とともにマグマの海に降り注ぎ、水面上に霜のように積もっていく。
 その霜は、ダイヤモンドのような高密度の粒子が無限に近い頻度で光沢を放ち、きらめいていた。
 その光の散乱の中で、ふと見覚えのある物体が目に入った。
 私の空色のマフラー。
 迷うことなく、まるで漁師が網を引き上げるような軽快な動きで、それを両手でグイッと掴み上げた。
 すると、マフラーの下から、まるで大物の魚を釣り上げたかのように白熊が現れた。その白熊の手には、まるで万国旗の行列のように、ピラニアたちが連なっていた。
 私と迅璃を食い尽くそうとしていたあのピラニアたちが、白熊にとっては鮭のように美味な栄養源だったらしい。白熊は私に吊り上げられながらも、まるで干し肉を気軽に噛むような悠長な仕草で、それらを咀嚼していた。
「大変だったね」
 白熊が口を開いた。

 さっきも声を聞いたが、今回ははっきりとその音が届く。
 ひどく機械的な、男性に近いノイズが混じる声だった。性能の悪いラジオよりも音質が悪く、辛うじて聞き取れるレベルだ。だからこそ、スケッチブックで意思疎通していたのだと納得した。
「怪我はないか?」
 白熊が尋ねてくる。
 私は自分の体をざっと確認する。異常なし。迅璃も、私に抱きつかれたまま、まったく問題ないどころか、むしろ元気そうに見える。その証拠に、彼女が代わりに白熊へ返事を飛ばした。
「大丈夫だよ。君こそ大丈夫?」
「いや、大丈夫どころか、めっちゃ嬉しいよ。こんな美味しい魚をたくさん食べられてさ」
「それ、美味しいの?」
 私が眉間に皺を寄せて尋ねると、白熊はピラニアを一匹差し出してきた。
「食べてみる?」
「いや、遠慮する」
 即座に断ると、白熊はバッテリーの板――まるで筏のようになったその上に再び乗り込んできた。車は隕石の如く落ちて大破したというのに、この白熊はヒッチハイクをやめない。たいした奴だと感心しながら、ふと白熊の首に私の空色のマフラー――鎮痛剤が巻かれていることに気づいた。
「それ、返してもらえる?」
 白熊は慌ててマフラーを外し始めた。
「あ、ごめん、ごめん。つい巻いちゃった」
 バツが悪そうに弁明する。
「だってさ、俺、裸だから」
「でも、その白い毛並みをまとってるじゃないか」
「え? でもこれ、毛だよ。服じゃない。俺も一応、文明的なロボットだから、服がないとちょっと落ち着かない設定になってるんだ」
 白熊のどうでもいい話を聞いているうちに、ふと私と迅璃が裸であることに気づいた。
 服はすべて燃え尽き、溶けてなくなっていた。
 肌は頑丈で、再生能力も備わっているから、迅璃も私も火傷ひとつなく綺麗なままだったが、糸一本まとっていない状態は、さすがに恥ずかしかった。
 今、この辺りで一番目立っているのは私たちだ。
 隕石のように落ちてマグマの海を作ってしまったのだから仕方ないが、近隣のヒューマノイドロボットたちの視線を一身に浴び、恥ずかしさのプレッシャーだけで押し潰されそうな圧力を感じ始めた。
「やれやれ、仕方ないな、青少年たち。裸なんてそんなに恥ずかしいことじゃないのに。ちょっと気まずいだけだろ? 誰も気にしてないよ」
「いや、他人がどう思うかは関係ない」
 私が率直に言う。「自分が恥ずかしいんだ。そこが問題だ」
「やれやれ」
 白熊は静かに首を振ると、突然体を膨らませた。
 正確には、体そのものではなく、毛並みが膨らんだのだ。
 静電気が全身を走ったかのように、毛がパチパチと音を立てて直立し、ギラギラと燃えるように広がっていく。白熊の姿が一層大きく、丸みを帯びたシルエットに変わった。
 その白い毛の塊の一部が、布のように平たく変形し、まるで私と迅璃を優しく包むように覆い始めた。
「えっ」
 白熊の予想外の配慮に、私は心から感動した。
「ありがとう」
「これくらい、どうってことないよ」
 白熊はピラニアを咀嚼しながら言う。
「車に乗せてくれてありがとう。ヒッチハイク、ずっとやってみたかったけど、誰も乗せてくれなかったんだ。俺、でかいからさ。最近のみんな、ちっちゃい車ばっかり乗ってるし、俺を乗せるスペースなんてないんだよね」
「ああ、うちの車もギリギリだったしな」
「うん、とにかくありがとう。おかげでドライブ楽しめた。これがお礼だ」
 そう言うと、白熊は自分の体から切り離した――いや、裁断した白い毛の布を、私たちの体に合うサイズに整えて手渡してくれた。
「俺の毛って、結構高級品なんだ。これでヒッチハイクの料金としては十分だろ?」
 私は笑ってしまう。
「ヒッチハイクなのに料金払うの?」
「チップだよ」と白熊。「料金はなくても、チップを渡すのが最近の地球じゃ流行ってる新資本主義のやり方らしいぜ」
「へえ、知らなかった」
 勉強になる白熊だなと思いながら、その好意をありがたく受け取った。両手で渡された布を触ると、白い毛並みの柔らかな肌触りが心地よく、まさに上質な毛布のようだった。
「でも、ごめんな」と白熊。「布は提供できるけど、服に仕立てるのは無理なんだ。これ持ってデザイナーにでも相談して、服作ってもらったら? 君たちの場合、制服がいいかな?」
「そうだな」
 私は布を手に持って撫でながら言う。
「でも、これだと冬用の制服になりそう。この街で着られるかな」
「君たち、この暑すぎる街を出るんだろ?」
「まあ、そうだけど」
「だったら、いつか寒い街に行くかもしれない。未来を見越して準備しといた方がいいよ。今に縛られず、備えるのが賢明だ」
「確かに」
 賢い白熊だなと感心し、改めて礼を言う。
「ありがとう。君はこれからどうする?」
「うん、そろそろ北極星に帰ろうかな」
「北極星?」
 私は驚いた。
 抱き合ったままの迅璃も同じだったのか、弾んだ声で尋ねる。
「白熊ちゃん、北極星から来たの?! そんな遠くから?」
「まあ、白熊だからな」
「すごい。アバターじゃなくて? 本体で来たの?」
「うん。俺、アバターは持ってない。体を複数持つなんて、面倒くさいだけだし」
「すごい! 北極星ってどんなところ?」
 迅璃が立て続けに質問すると、白熊は顎に手を当て、0.02秒ほど考えて答えた。
「コーラが美味い」
「おお、なんか分かる気がする」
 私と迅璃は思わず頷き合った。
 そんなふうに、トロピカル・ナイト・シティの中心を大いに賑わせた――いや、めちゃくちゃにした私たち三人は、消防団や救急車、警察たちの視線に囲まれ、北極星の話を続ける余裕を失った。
 面倒な状況に巻き込まれる前に、私と迅璃は白熊と別れを告げることにした。迅璃の車のバッテリーの筏は白熊に餞別として譲り、代わりに冬用の白い布を受け取るという物々交換を済ませ、旅の第二フェーズに突入した気分だった。
 遠くから迅璃を見つけた警察が近づいてくる前に、私たちは隕石の衝撃でできたマグマの海が氾濫する大通りを、裸のまま急いで抜け出した。

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