私と迅璃は地下56階から抜け出し、地上の1階を目指す。
降りる時はエレベーターを使ったが、帰りはエスカレーターを選んだ。
大金を手に入れたことで、時間がないにもかかわらず、数字だけで成り立つお金の概念が、時間という本物の通貨よりも価値があるかのような錯覚に陥る。
おそらく、このトロピカル・ナイト・シティで、牧場の経営者であるディーラーに次ぐ2番目の金持ちになった私たちは、時間の貧困に直面しながらも、どこか余裕を感じてしまう。
これはまずいと思いつつ、急ぐ気持ちが薄れ、エスカレーターで56階をゆっくり登りながら、トロピカル・ナイト・シティの地下世界をじっくり眺める。
いつの間にか、私たちの手には水銀と王水が混ざったような輝きを放つアイスクリームコーンが握られていた。
舐めながら味わうと、舌のセンサーがその冷たさと甘さに反応し、微かな快感が走る。
地下世界では、夜の闇を突き破るように花火が絶え間なく打ち上げられ、まるで蜘蛛の巣を編むように空を覆い尽くしていた。
花火の光は、ドローン群と空中で激しく交錯し、まるで戦争のような喧騒を繰り広げている。その騒々しさは、眠りを許さない地下の狂騒曲となって、トロピカル・ナイト・シティの夜を彩っていた。
335個もの高級アイスクリームを平らげた頃、私たちはようやく地上1階に辿り着いた。
けたたましい花火の喧騒と視覚を刺激する地下世界から抜け出し、駅のホームへと戻る。
駅の中もヒューマノイドロボットで溢れ、賑やかな雰囲気に満ちているが、地下の危険な熱狂に比べれば、どこか落ち着いた印象がある。
地上が地下と同じ熱気に支配されてしまえば、この街全体がハデス的な蜃気楼に飲み込まれ、永遠の幻に沈むかもしれない。だからこそ、地上の住人たちは控えめな性格を発揮し、なんとか均衡を保っているのだろう。
そうして、私たちはようやく電車の切符を手に入れた。
早速、電車に乗り込む。
「終点は南の国境です」
というアナウンスが響く中、私と迅璃は席に腰を下ろす。
幸い、ラッシュアワーとは無縁で、国境行きの電車は需要が少ないのか、車内はほぼ貸し切り状態。
快適な空間に、私たちはついベンチに寝転がってしまおうかと冗談を交わしたが、ヒューマノイドロボットとしての基本設定――人間で言えば小脳に相当するCPUのエチケットプログラム――がそれを許さない。
新時代のロボットとしてのアイデンティティを捨てるわけにはいかないので、結局、大人しく座ることにした。
視覚センサーをフル稼働させ、車窓の外を眺める。
首を振って直接見るのもいいが、360度すべての風景を捉えたくて、後頭部のセンサーも活用した。パノラマのように広がる電車の外の景色を、メモリに焼き付けるように貪る。何も保存できないかもしれないが、まず取り込むことが大事だ――そんな直感が、アクチュエーターを通じてロマンチックな衝動として蘇る。
ふと、過去の記憶の断片がよみがえり、CPUではなく身体で記憶する方が詩的だと感じた。
電車が動き出す。
車窓の風景は、最初はグリッドのような平坦な空白――まるで白紙の図面のようだった。だが、徐々にその空白にコンテンツが描き込まれるように変化していく。まるでリアルタイムで生成される世界だ。首を振る前は何もなかったはずの空間に、視線を向けると新たな色彩が浮かび上がる。
最初に山の輪郭が現れ、達筆な誰かが線を引くようにグラデーションが生まれる。暗い夜では見えないはずの山が、黒いキャンバスに白い線で縁取られ、蛍光ペンのような鮮やかな色が重ねられていく。木や草、山を形作る要素が、徐々に重厚な質感とともに立ち現れる。
私の頭では想像もできなかった形が、視覚センサーの中でオブジェクトとして構築されていく。
山の上に幾何学的な模様が生まれ、それが雲や空、海へと変わっていく。
暗闇の中でも可視光線で縁取られ、風景として認識できる。
固定された風景を前提にしていたこれまでの思考が、動的に生まれ崩れていく抽象的な感覚に取って代わる。具体的な描写ができない、概念的な形態でしか捉えられない不思議な現象が、車窓の向こうで繰り広げられていた。
線路の消失点が永遠を思わせるように延びる中、私はその左右に次々と現れる多種多様なオブジェや事物、水平線と地平線が交錯する境界線、そして視覚的エラーやオブジェクトの奔流に飲み込まれながら進む感覚に浸る。
ふと気づくと、すぐ隣、腕を伸ばせば届く至近距離に座る迅璃の存在が、意識の中心に浮かび上がる。
彼女は決して私の側を離れない。
その姿を、まるで遠くの銀河を眺めるように――鮮明に見えるのに手では決して届かない、星々が瞬く遥かな存在として――私は迅璃に視線を向ける。
直感が囁く。
今、迅璃を捉える私の瞳は、きっと美しい。
迅璃は私の視線に気づかず、車窓の外でめくるめく変化を遂げる風景に没入している。彼女のメモリは、銀河のように広大なプールに広がり、何十層にも積み重なった創造的な感覚に浴しているのだろうか。
彼女が私を見ず、ただその美しい横顔を晒してくれることに、私は感謝さえ感じる。
私だけが、この完璧な横顔をいつまでも眺めていられるからだ。
あの魅惑的な車窓の風景が、ふと蘇る記憶の断片が教えてくれる――私はいつも、美しさそのものより、美しいものを愛でる誰かを眺めるのが好きだった。
今も、その気持ちは変わらない。
だから、もうこうなってしまった。
私は、迅璃なしでは生きられない。
いや、「生きられない」は少し大袈裟かもしれない。それでも、確信が芽生える。
たとえこのトロピカル・ナイト・シティを脱出し、命を延ばすことができたとしても、それが本当に「無事」と呼べる出来事かどうかは別として、もし隣に、こうして手を伸ばせば届く距離に迅璃がいなければ、私はこの眩しくも暗い、目まぐるしい夜の街に舞い戻り、太陽を拒んで死を選ぶだろう。
そう、口にしよう。
「私にとっての太陽は、迅璃だよ」
その言葉は、迅璃の耳に届いていた。
彼女は美しい風景に魅せられていた横顔を崩し、私の方へ視線を向ける。そして、言葉を発さず、ただじっと私を見つめる。
まるで一時停止ボタンを押されたかのように、時間が止まったかのように。
私は思わず両手を彼女の肩に置き、軽く揺さぶってみる。
すると、彼女の瞳から星々が溢れ出す。
これまで彼女が大切に集め、眼球の奥に秘めていた星々のコレクションが零れ落ち、私の視覚センサーを通り、電気回路を駆け巡り、CPUを心地よくショートさせる。
その衝撃で、私は悟る。
彼女の横顔を美しく彩っていたのは、もう夜の街の風景ではない。
私自身が、彼女の美しさを支える存在の一つになったのだ。
生産されて初めて――いや、記憶はないけれど確信できる、本物の感動という感覚を、私はこの電車の中で深く味わう。
その瞬間、電車の両側で激しく変化していた風景が、一瞬にして暗黒のキャンバスに還る。
まるで私と迅璃以外のすべての存在が無に帰し、ここから「有」を新たに生み出すビッグバンを、私たち二人だけで起こすような気持ちが湧き上がる。
迅璃と一緒に、私はその創造の瞬間に身を委ねるのだった。