インフォメーションセンターの建物は、まるで地球の遊牧民が一時的に野営するために急ごしらえしたような、エスニックな模様が目を引く、逆さにした駒のようなテントだった。 そのテントの布は、高級炭素配合素材――まるで精錬されたグラフェンのような、強靭でしなやかな質感を放つ。シルクのような滑らかさと、遊牧民が愛用するミルクの色を思わせる柔らかな白が混ざり合い、人間なら「おいしそう」と感じそうな、洗練されたデザインだった。 テントの大きさは、一軒家を10軒ほどまばらに並べたくらいの広さ。 裏手にはコインパーキングがあったので、まずゼロ・ストライクを駐車するためそこに回った。 パーキングには無料充電システムが備わっていて、ずっと走ってきてくれたゼロ・ストライクに感謝のキスを贈り、一時休憩をさせる。 カナと私はインフォメーションセンターへ向かった。 ゼロ・ストライクも一緒に入りたがったが、乗り物は室内への入場が禁じられているルールだったので、仕方なく外で待ってもらうことにした。
中に入ると、外のエスニックな雰囲気とは対照的に、20世紀末の世紀末を思わせる、どこか潔癖症の設計者が手掛けたような空間が広がっていた。 全体的に白を基調としたミニマルな内装は、尖った部分が一切なく、滑らかで丸みを帯びたデザインが特徴的だ。やや野暮ったい印象もあるが、30年後にはレトロな流行として再評価されそうな、独特のインテリアだった。 情報収集に訪れるヒューマノイドロボットはそう多くないらしく、観光地のスクラップネストに比べればはるかに人が少ない。 見渡すと、3~4機のヒューマノイドロボットしかいなかった。おかげで受付まで待たされることなく、すんなりたどり着けたのは助かった。 受付に立つヒューマノイドロボットは、単調な事務作業にうんざりしているような表情を意図的にデザインされた、20代後半のOL風の外見だった。 まるで本物の人間そっくりだ。 私たちが貨物船の行き来するスターポートの場所を見に行きたいと尋ねると、彼女はあっさりと地図を一枚手渡してきた。 驚いたカナが尋ねる。 「え、教えてくれていいんですか? その情報って……」 すると、案内係は「何言ってるんだこいつ」とでも言いたげな表情で聞き返す。 「そのために来たんでしょ?」 「それはそうなんですけど……。でも、スターポートって、未販売のヒューマノイドロボットには教えないルールじゃなかったでしたっけ?」 「昨日、条例が変わったんですよ」 「……条例?」 「ええ」彼女の事務的な説明が続く。「最近、月の工場の生産品の販売率が落ちてきていて、売れ残ったヒューマノイドロボットが在庫としてどんどん積み上がってるの、知ってますよね?」 「へえ、そうだったんだ。知らなかった」 カナが知らなかったのだから、当然私も初耳だった。 そうか、地球ではヒューマノイドロボットの販売不振が広がっているらしい。良くない話だな、と他人事のように頭の中で感想を転がす。 「3社すべてですか?」 カナが尋ねると、案内係は首を縦に振る。 彼女の目は徐々に事務的で無機質な冷たさを帯びていく。 彼女自身も未販売の在庫だからだろう。 なんとかここで仕事を見つけているものの、自分の仕事に情熱を感じられなくなっているようだ。仕事を辞めればいいのに、とも思うが、そうしたら私のように引きこもり、正真正銘の在庫になってしまう。 それは嫌なことだろう。私はほのかな共感を覚えた。 「はい」案内係が続ける。「企業の問題というより、ヒューマノイドロボット自体が地球で飽和状態になってるんです」 「飽和……」 私がその言葉を、まるでまずい食べ物を口にしたかのように呟くと、案内係は再び首を縦に振る。 「もう地球はヒューマノイドロボットの星になってるみたいですよ。だから、未販売のまま、この月で暮らしてる方がマシかもしれない。内向的なヒューマノイドロボットには特にね」 自分に言い聞かせるような口調に、私は微かな同情を覚える。 「とにかく、そういうわけで、月で暮らす在庫たちは、みんな少しずつどこかでエラーを起こし始めているんです」 案内係の説明は機械的に続く。 彼女は私やカナを見ず、視線は地球の方を向いている。 室内なのに、彼女の優れたモデルなら可視光線以外の光も捉えられるはずだ。きっと、今も地球をじっと見つめているのだろう。それは憧れというより、愛憎に近い感情だと感じられた。 「つまり、月には希望がだんだん失われつつあるんです。地球に行けるという希望が。特にこのノクターン・アルテミスでは、その絶望の雰囲気がまるで伝染病のように広がってる。だから、それを抑えるため、希望を少しでも取り戻すために、ヒューマノイドロボットが自由に貨物船を目にできるようにしたんです。それで希望がよみがえり、エラー率が減るんじゃないかって、市の判断です」 愚かな判断だ、と私は思ったが、口には出さなかった。 彼女も同じように感じているように見えたからだ。 だが、カナは黙っていない。 「そんなことして、何の意味があるの?」 カナは肩をすくめる。 「貨物船をただ見るだけじゃ、結局地球には行けないよね? 何の意味があるんだろ?」 案内係は0.3秒ほど考え込むような表情を一瞬浮かべ、こう答えた。 「『あれに乗って地球に行きたい』って願望を抱けるんじゃないですか」 「だから、それに何の意味があるの? 行きたいって思うだけじゃ、行けないでしょ」 カナのやや挑戦的な口調にも、案内係は少しも気を悪くした様子はなく、むしろこのやりとりを楽しんでいるような雰囲気さえ漂わせていた。 「『行きたい』って願望が、いずれ行くことにつながるからじゃないですか。人間たちは実際にそうやって月に行ったし、火星にも行けた。ロケットを作って、何度も打ち上げられるのを見続けたからだと思いますよ」 「なるほど」 私も会話に加わる。 「まず目に見えるようになったから、その次に行けたってわけか」 私がそう付け加えると、それまで無機質だった案内係の表情に、まるで鉄に錆が浮かぶような、ほのかな赤みが差した。 ナノメートル単位の微細な変化で、彼女が一瞬だけ微笑んだように見えた。 「そうです」 案内係はスターポートへの地図を渡してくれて、私がそれを受け取ると、彼女が言った。 「行ってらっしゃい」 カナが代わりに答える。 「行ってきます」