私たちは歩き始めた。 歩くのがあまり好きじゃないカナは、すぐに飽きてしまったのか、彼女の歩調や気分に合わせて下半身のアクチュエーターの出力がぐんぐん落ちていくのが目に見えるほどだった。 前にみたいに走ってみるのはどうかと思ったが、ご覧の通り、スターポートに向かう道はまるで戦争後の避難行列のよう。街中のヒューマノイドロボットがびっしりと詰めかけ、走るどころか、場所によっては足を踏み入れる隙間もないほどだった。 空中を飛び交うドローンに乗るヒューマノイドロボットもいるが、空もすべての高度がドローンで埋め尽くされ、地面の方が早いんじゃないかと思うほどだった。あらゆる移動手段を検討した結果、私たちは結局歩くことを選んだ。 だが、これは歩くというより、這うに近い。 腹ばいになっていないだけマシな程度だ。 「私たちが着くより、次のビッグバンが始まる方が早いかも」 カナが愚痴ると、私は力なく笑ってしまう。 だが、その弱々しい反応がカナの気分をさらに重くしたのか、彼女の目は下弦の月のように下向きに閉ざされ始めた。 その速度もまた、行列のカタツムリ並みの低速で、見ている私まで眠気を誘われる。 そこで私はカナの前に立ち、背を向けて両手を後ろに差し出した。 「乗って。おんぶしてあげる」 「ありがとう!」 カナは0.001秒の迷いもなく、すぐに私の背中に飛び乗ってきた。 おんぶしてみて驚いた。 こんな高性能なヒューマノイドロボットなのに、こんなに軽いのか。 いや、単に私のモデルが力強い仕様なのかもしれない。 それでも、カナの軽さは予想外だった。 「軽いね」 率直に口にすると、カナが軽く怒ったふりで私の背を拳で二度ほど叩いた。 「女の子に失礼だよ!」 「ごめん、ごめん」 私は笑って訂正する。 「めっちゃ重いよ。クジラかと思った」 冗談めかして褒めると、カナの気分が少し晴れたのか、私のうなじに軽くキスをしてくる。すると、恥ずかしさからか、キスされた部分が微かに高圧電流を帯びたようにピリッとした。 こうして私はカナをおんぶしたまま、スターポートに向かって歩き始めた。 周囲はざわざわとした喧騒に包まれ、ヒューマノイドロボットで溢れる通りには、空中に無数のホログラム広告がきらめいていた。混ざり合った光は、まるでプリズムが乱反射するような、ぐちゃぐちゃの虹色のノイズと化していた。 私のような可視光線しか捉えられないヒューマノイドロボットにはノイズにしか見えないが、カナの高度なセンサーにはそれぞれの広告がはっきり区別できているらしい。 カナの説明によると、楽器関連の広告がやけに多く、次いでヒューマノイド用の健康サプリや運動器具の広告が多いとのこと。 よく見ると、空中遊泳用の水着や衣類の広告もちらほら。光の洪水は、一見すると一面の輝きに見えるが、通り過ぎるたびに次の広告が雑誌のページをめくるように次々と現れ、全身のセンサーを翻弄する。 たちまちホログラム酔いに襲われ、軽い立ちくらみがしたが、行列の速度がそもそも遅いので、カナをがっかりさせることはなく助かった。 ヒューマノイド向けの商品広告が、スターポートを目指してのろのろ進む行列の退屈を癒してくれる。 ノクターン通り全体が、まるで広告のオーケストラを奏でるコンサート会場と化していた。 バラバラな広告が、どこか調和を醸し出す不思議なハーモニー。広告会社や放送局が巧みに指揮を執っているのかもしれない。 そんなクラシック音楽のような広告の響きに耳を傾けながら、ふと背中から穏やかな電流のビリビリを感じた。確認すると、カナをおんぶしてかなり歩いたはずなのに、バッテリー残量が減るどころか、ほぼ100%に近いフル充電状態だった。 カナが自分のエネルギーを私に分け与えていたのだ。 自分を充電器に、予備バッテリーにして、温かな電子の電圧をひたすら供給してくれていた。 しかも、私に気づかれないよう、こっそりと。 その控えめな優しさがあまりにも愛らしく、私はほとんど使っていない後頭部のカメラを久しぶりに起動し、そっとカナの顔を覗いてみた。 すると、カナはいつの間にかスリープ状態に落ち、すやすやと眠っていた。 私の背中でむにゃむにゃと寝言をこぼしながら、穏やかな表情でどこか知らない夢を見ているようだった。 地球か、火星か、それとも別の太陽系の惑星か。 スリープ状態でも私へのエネルギー供給を止めない彼女の健気さに、私は思わず微笑む。 だが、彼女がふと目を覚ますかもしれないし、夢の邪魔をしたくなかった。だから、まるで彼女に毛布をかけるように、そっと充電供給を切った。 彼女が起きないよう、こっそりと。 充電を切ると、カナは「ふにゃっ」と小さくビクッとした寝言を漏らしたが、目を覚ますことなく、むしろ私の首をぎゅっと抱きしめ、さらに深い眠りに落ちていった。 そして、広告のオーケストラは、いつの間にかこの喧騒の夜のための、満天の星空のようなララバイを奏で始めた。