← 目次へ戻る
第22話

無問題


 バンド「さいころ」の音楽は、源氏物語を思わせる高校生カップルの悲恋をテーマにした、青春の青さに溺れるようなストーリー性のある歌詞で織りなされていた。  一曲聴くだけで、まるで一本の映画を見終えたような余韻が残る。  次の曲が始まる頃、私たちはテーブル席に案内された。  そこには、小学校を卒業したばかりのような幼い雰囲気を持つ女の子のディーラーが立っていた。彼女に手招きされ、 「ゲーム参加者はもう首を振らなくてもいいですよ」  と声をかけられる。  そのおかげで、私と迅璃はヘッドバンギングから解放され、久しぶりに揺れない視界で周囲を見渡せた。  ディーラーの少女は、きちんとした制服に身を包み、まるで探知センサーのような赤い光を放つ目を持っていた。そのレーザーのような視線がこちらに当たると、あまりの強烈さに目を閉じざるを得ない。そのため、以降は彼女と目を合わせないようにする流れになった。  テーブルの上には、まるでモノポリーの盤面のような、トロピカル・ナイト・シティを俯瞰したミニチュアの街が広がっていた。  単なる模型ではなく、動く人々や車、ドローン、ビルの中で仕事や家事をこなすヒューマノイドロボットたちが、生き生きと再現されている。  驚くべきことに、一人ひとりがこの街に実在するヒューマノイドロボットを模しており、細部まで忠実に動いていた。  その中には、私と迅璃の姿もあった。  タクシーのボンネットに座り、星空を見上げる私たちのミニチュアだ。  彼らにとって上空には巨人のような私たちが立っているわけだが、ミニチュアの私たちはそれに気づかず、自分たちが本物の存在だと信じ込んでいるような表情を浮かべている。  そのミニチュアの私たちと目が合う。  だが、彼らは私たちの視線を夜空としか認識していない。  その光景が、どこかロマンチックに感じられた。 「それでは」  と、ディーラーの少女が短い髪をかき上げ、私たちに手を差し出す。  彼女の手のひらには、真っ白なサイコロが置かれていた。 「早速ゲームを始めます」  私と迅璃は頷き、他の客たちも緊張した面持ちで唾を飲む仕草を見せる。  私と迅璃以外にも、このサイコロゲームに参加するヒューマノイドロボットは約25機いた。  彼らはそれぞれ、応援するロックスターの似顔絵がプリントされた半袖Tシャツを着ていて、汗でしっとりと濡れている。だが、その汗は激しいヘッドバンギングのせいではなく、このカジノのこもった熱気と湿気が作り出す環境に適応するため、意図的に演出されたものかもしれない。  ロックフェスティバルの雰囲気に溶け込むには、こうした汗ばんだ姿が不可欠だと、彼ら自身が自覚しているのだろう。 「それでは、まず確認です」  と、ディーラーが手のひらに乗せたサイコロを最初に私に投げる。  私は慌ててそれをキャッチし、「どうしろと?」と戸惑った表情でディーラーに視線を向ける。  彼女は落ち着いた声で答える。 「イカサマがないか、ご確認ください」 「そんなこと言われても」  私は渋々サイコロを見下ろす。  近くに持って拡大してみるが、イカサマを見抜く知識など皆無だ。良いサイコロっぽいな、という漠然とした感想しか抱けず、そのまま次の迅璃に渡す。迅璃は確認する術などないとでも言うように、あっさり諦めた様子で即座に隣の客にサイコロを渡した。  なるほど。  知らないなら無駄に時間をかけず、さっさと次に進むのが賢い。私はその判断に感心しつつ、学んだ気がした。  迅璃からサイコロを受け取ったのは、私たちと同じくらいの年齢設定の男子ヒューマノイドロボットだ。  彼はサイコロをじっと見つめ、まるでディーラーの目から放たれるレーザーのような赤い光を自らの瞳から発射し、物理的かつ化学的に分析を始めた。  さすがカジノの常連らしい。  私はその手際の良さに感心しながら、じっと見守る。  彼は0.005秒ほど入念に調べ、問題ないと確信したような表情で次の客にサイコロを渡す。そうして25名の客の手を順に経て、確認作業が完了し、サイコロは再びディーラーの手に戻る。 「問題ございませんか?」  ディーラーが尋ねると、客たちは一斉に、まるでロックスターがマイクを観客席に向けた瞬間のように声を揃え、 「無問題!」  と短く力強く合唱する。  それを合図に、ゲームが始まった。