外に出た瞬間、猛烈な雨風がリリスを叩きつけた。
天候は悪化の一途をたどっていた。
フードが引きちぎられそうなほどの豪雨。
もはや嵐と言っていい。
扉を閉めて十秒も経たぬうちに、全身がずぶ濡れになる。
まともな人間なら、この嵐の中、ましてやこんな深夜に外へ出ようなどと考えもしない。
あまりの悪天候に、リリスの口元から自嘲気味な笑みが漏れる。
だが、だからこそ、かえって安心できた。
(……この嵐なら、誰にも気づかれないはず)
そんな楽観が、冷え切った心をわずかに温める。
リリスは深く息を吐き、決意を固めて一歩を踏み出した。
街灯の火は全て消えている。
数少ない家々から漏れる微かな灯りだけが、通りを頼りなく照らしていた。
最初は視界もままならなかったが、次第に目が暗闇に慣れてくる。
リリスは、あらかじめ暗記しておいた地図を思い返した。
院長からもらった、帝都の裏道へ続くルート。
目的地はそう遠くない。
問題は、その後のことだった。
帝都の外へは一度も出たことがない。
壁の向こうに何があるのか、リリスには全くわからなかった。
がむしゃらに歩いたところで、どこかの村や街に辿り着けるのだろうか。
(道端で飢え死にするかもしれない……)
もらったお金はそれなりにある。
だが、携帯できる食料は一切持っていない。
こんなに不安になるくらいなら、院長にもっと根掘り葉掘り聞いておけばよかった。
後悔が胸をかすめるが、もう遅い。
とにかく、行くしかないのだ。
不安、焦燥、そしてかすかな希望。
混沌とした感情を抱えながら、リリスは一歩ずつ、着実に嵐の中を進んでいく。
思考に耽っていたせいか、あるいはただ放心していたのか。
人目に付くはずがないという油断もあったのだろう。
警戒が薄れ、ぼうっと足元だけを見て歩いていた、その時だった。
不意に、硬い衝撃が頭を打った。
「……っ!」
リリスは慌てて後ずさり、反射的に頭を下げた。
「ご、ごめんなさい!」
そのままそそくさと走り去ろうとしたが、案の定、鋭い声が飛んできた。
「君!」
むやみに逃げれば、かえって事態が悪化する。
結局リリスは足を止め、おそるおそる声の主の方へ向き直った。
「……はい」
そこに立っていたのは、昼間もよく見かける巡邏兵だった。
ガラスで火が守られた頑丈なランタンを提げている。
兵士はその灯りを、リリスの顔へと近づけた。
リリスの顔を確認すると、さらに声を厳しくする。
「……こんな時間に、一体どこを歩き回っているんだ。しかもこの嵐の中を」
「あ、あの……」
リリスは必死に言い訳をひねり出した。
「頼まれごとをして……届け物を」
「こんな真夜中に?」
「……」
「嘘を吐くな。君、まだ成人前だろう。ガキじゃないか」
「ごめんなさい」
巡邏兵は面倒くさそうに舌打ちをした。
「家はどこだ? どんな事情かは知らんが、とにかく帰るんだ。家まで送ってやる」
「あ……はい」
リリスはあっさりと諦めた。
ここで逃げれば、余計に怪しまれる。
幸い、この兵士に深く詮索する気はなさそうだった。
とにかく、大人しく従うしかない。
一度孤児院に戻り、脱出は明日に延ばそう。
そのまま踵を返し、兵士と共に歩き出そうとした、その時だった。
唐突に、近くで雷が落ちた。
辺り一面が、真っ白な閃光に包まれる。
数拍遅れて、空を割るような轟音が炸裂した。
音が物理的な圧力となって五体を揺さぶる。
大気を強引にひき絞るような凄まじい衝撃に、リリスは度肝を抜かれた。
これほどの雷鳴は、かつて経験したことがない。
隣にいた巡邏兵もさすがにたじろぎ、呆然と空を見上げる。
「……なんてこった」
震える声で、彼はそう呟いた。
リリスは、今夜のうちに帝都を発つことは無理だと理解した。
この荒天は、逃走の手助けになるどころか、命を危険にさらしかねない。
我に返り、巡邏兵が問いかける。
「……おい、もう行くぞ。家はどこだ?」
リリスが答えようとした、その瞬間だった。
強烈な予兆が、稲妻のように彼女の脳裏を貫いた。
確信に近い直感、あるいは、ある種の「予知」だった。
(また、落ちる……!)
間髪を入れず、二度目の雷が閃光を放った。
今度は遠くではない。
リリスたちのすぐ近くだった。
視界を焼き切るほどの光柱が、数ブロック先の地面を直撃する。
間を置かず、空間を裂くような爆鳴が追いすがる。
落雷を受けた石畳は砲弾を浴びたように爆砕し、激しい衝撃波が周囲をなぎ払った。
予感していたリリスは何とか耐えたが、巡邏兵はあまりの威力に腰を抜かし、無様な悲鳴を上げた。
たとえ屈強な成人男性であっても、抗いようのない恐怖を刻み込む一撃だった。
巡邏兵は辛うじて我に返ると、引き攣った表情のままリリスの安否を確かめようとした。
「君、大丈夫か!?」
彼がリリスの肩に手を伸ばした、その時だった。
リリスの体から電気が漏れ出し、触れようとした巡邏兵の手を弾き飛ばす。
「……うわっ!」
ピリッとする衝撃に、巡邏兵は手に持っていた提灯を取り落とした。
火が消えたが、なぜかあたりは暗くならなかった。
空を見上げたリリスは、その理由を悟った。
上空で絶え間なく空気が唸り、紫電が火花を散らしている。
その明滅のたびに、帝都の街並みが赤黒く、断続的に浮かび上がる。
狂ったように瞬く光の下で、リリスは巡邏兵の顔を見た。
そこには、隠しようのない恐怖の色が張り付いていた。
「君……まさか……」
彼は聞いた。
「悪魔の子、なのか?」
その言葉で、リリスは自らの異変に気づく。
いつの間にか髪を結んでいた紐が解けている。
金色の髪が逆立ち、猛々しくうねっていた。
弁明する気にはなれなかった。
正体を見られたしまったこともあるが、それ以上に、そんな余裕はどこにもなかったからだ。
(また来る……)
雷の予感は、まだ終わっていない。
(まずい。次は、もっと近い)
突然、体中の毛穴が逆立つような悪寒に襲われた。
総毛立つ肌に、無数の針を突き立てられるような、ひりつく感覚。
耳元でパチパチと放電音が鳴り響く。
そしてリリスが予見した通りの場所に、三度目の雷が炸裂した。
至近距離だった。
砕け散った石畳の破片が、足元まで転がってくる。
その時になってリリスは、ようやく気付いた。
(……私が、引き寄せてる?)
理屈ではない。
肌で感じられた。
渦巻く夜空の怒りが、今、自分一人に絞られていくのを。
リリスはふと、自分の足元を見下ろした。
巡邏兵はいつの間にか、彼女の前で蹲ったまま動けずにいる。
恐怖に完全に支配され、立ち上がる気力さえ失っているようだった。
(このままだと、この人が巻き込まれる)
リリスは冷徹に状況を測る。
まず自分の体の中には、常に電気が流れている。
だからこそ、あの雷に打たれても、おそらく耐えられる。
根拠はないが、確信に近い予感があった。
だが、この男は違う。
先ほどのような雷に打たれれば、ひとたまりもなく即死するだろう。
決断を下したリリスは、それ以上迷うことなく駆け出した。
まずは一刻も早く、巡邏兵から距離を置かねばならない。
しばらく走り続け、十分な距離を稼いだところで、リリスは一度後ろを振り返った。
巡邏兵はようやく立ち上がったようだが、逃げ去るリリスを追ってくる気配はない。
追うどころか、彼は彼女とは正反対の方向へ、なりふり構わず猛烈に逃げていた。
雷光が明滅するたび、その必死な後ろ姿が間欠的に浮かび上がる。
安堵したリリスは、走る速度を落とした。
どのような形であれ、巡邏兵を撒くことには成功したわけだ。
このまま目的地である帝都脱出の裏道へと直行すればいい――
そう思った矢先、
リリスはいきなり動けなくなり、その場に足を止めた。
身体が、内側から激しく熱を帯び始めたからだった。
「……熱い」
それは、風邪などの病による発熱とは明らかに異質だった。
リリスには、空中を流れる電気の激しい流れが、目に見えない糸のように自分に絡みついてくるように思えた。
逃れようのない芯からの熱が、すべてを焼き尽くすように襲いかかる。
あまりの熱さに、立っていることさえままならなくなる。
意識が混濁し、視界がぐらりと歪む。
激しい嵐の中でずぶ濡れになっているというのに、肌を伝う冷や汗がはっきりと自覚できるほど、ひどい悪寒が彼女を襲った。
(身体が……爆発しそう)
心底、そう思った。
熱い。
熱すぎて、感覚が麻痺していく。
リリスは堪らず、被っていたフードを荒々しく脱ぎ捨てた。
少しでも嵐の冷気に身を晒して熱を逃がそうとしたが、焼け石に水だった。
冷えるどころか、熱は刻一刻と増していく。
体内に溜まり過ぎた電気の魔力が、限界の水位を超えようとしているようだった。
そして、そこに最後の一滴を落とすかのように――
四度目の雷撃が、リリスの身体を真上から貫いた。
なにも見えない。
そして、なにも聞こえない。
リリスは不思議なほど落ち着いた心持ちで、己の存在を確かめるように、意識を内側へ向けた。
だが、何も感じられない。
確かに雷に直撃されたはずなのに、痛みも衝撃もなく、まるで最初から何も起こらなかったかのようだった。
これまでの雷とは違い、それは不思議なほどに「静かな」雷だった。
そんなものが実在するかは分からないが、あまりの静寂ゆえに、かえって耳を弄するほどの喧騒を感じる。
その暴力的なまでの静寂に、リリスの全身は完全に呑み込まれていた。
ふと、意識を失ったのだろうかと推測してみるが、どうもそれとは違う。
視覚も聴覚も奪われ、五感による情報のすべてが遮断されている。
しかし、意識だけはかつてないほど明瞭に、鋭く研ぎ澄まされていた。
外部からの刺激が消失した分、自我という一点に強制的に意識が凝縮されているような感覚。
そんな、夢心地とも虚無ともつかない浮遊感に浸っていると――
やがて徐々に視覚が戻り始めた。
視界を埋め尽くす、真っ白なホワイトアウト。
それが少しずつ色を取り戻していく。
続いて、細く長い耳鳴りが遠い海のさざ波のように、彼女の鼓膜へと近づいてくる。
そして、前触れもなくすべての感覚がリリスへと回帰した。
突如として世界を塗りつぶした激しい豪雨の音。
視界をさえぎる雨脚の感触と、自身の荒い呼吸。
熱を帯びているのか冷え切っているのかも判然としない混濁した体温。
乾ききった口内。
そして、リリスの鼻腔を突いたのは、雷撃のあとに漂う——焦げ付いた大気特有の、刺すような異臭だった。
幸いというべきか、先ほどまで全身を焼いていた高熱は引いていた。
頭部にわずかな熱が残っているものの、首から下はすっかり冷え切り、今はただガタガタと歯の根が合わないほどの悪寒に襲われている。
(寒い……)
震えが止まらない。
無理もなかった。
ずぶ濡れの体で、五月の嵐にさらされているのだ。
リリスはさきほど脱ぎ捨てたフードを拾い上げ、深く被ろうとした。
だが、その指先が布に触れる直前、鋭い声が飛び込んできた。
「あそこです!」
聞き覚えのある声だった。
つい先ほどまで一緒だった巡邏兵のものだ。
視線を向けると案の定、彼である。
彼は一人ではなかった。
後ろに十人にも及ぶ人たちが控えていた。
彼らが手に持っている灯火が、その姿をはっきりと照らし出す。
全員が、質の良さを感じさせる群青色のウールマントを羽織っている。
深く被ったフードの影から注がれる視線は、形容しがたい圧迫感を放っていた。
(いつの間に……これほどの人数を……)
リリスはまず、自分の体の状態を確かめた。
不思議なほど傷一つなく、体も正常に動く。
彼女は迷うことなく、彼らとは反対の方向へ向かって一気に駆け出した。
走りながら、ふと背後を振り返る。
マントの一団が自分を追ってくるのが見えた。
その足は、恐ろしく速い。
このままではすぐに追いつかれる。
路地裏へ潜り込み、嵐と闇に紛れるしかない——
だが、目指す路地の入り口はあまりに遠かった。
不運なことに、今いる場所は帝都で最も広大な、遮るもの一つない中央広場だった。
リリスが逃げ場を見出す間もなく、マントの一団は瞬く間に彼女を包囲した。
もはや、立ち尽くすことしかできない。
どうすることもできずに身をすくめるリリスを飲み込むように、一団は円を描きながら、じりじりとその包囲を狭めてきた。
リリスは一か八か、二人の間を強引に通り抜けようとした。
しかし、即座にその両腕を固められてしまう。
その瞬間、パチッ! と激しい火花が散った。
目に見えるほどの強烈な電撃が走る。
二人は驚いて、リリスから手を放した。
リリスがそのまま隙を突いて駆け抜けようとした、その瞬間だった。
二人は一切の躊躇を見せず、一斉に剣を抜いた。
鼓膜を刺すような鋭い金属音に、リリスの身体は凍りつく。
先ほど雷に打たれた時よりもなお激しい恐怖が、彼女の心を塗り潰す。
剣を突きつけられる、そんな境遇に自分が立たされるなんて。
悪夢を見ているかのように思える。
「来ないで……」
リリスは震える声を絞り出し、マントの一団へ告げた。
「いつ私の周りに雷が落ちるか分かりません。私から、離れてください!」
だが、その警告を素直に聞き入れる者など、巡邏兵以外にはには一人もいなかった。
「団長」
剣を抜いた二人のうち一人が、声を上げた。凛とした女性の声だった。
彼女は一段の中心の人物へと、静かに問いかける。
「斬ってもよろしいでしょうか」
問いかけに対し、その人物が静かに応じた。
「だめだよ、ディアナ」
それは、穏やかで落ち着き払った男の声だった。
「魔女は火刑に処すと決まっている。必ず、生け捕りにしなくては」
「一体誰が決めたんですか?そんなこと」
「皇帝陛下さ」
「……」
二人は静かに剣を鞘へと収めた。
「ですが」
ディアナと呼ばれた女が、食い下がるように言葉を継ぐ。
「先ほども目撃された通り、この者の体には電気が流れています。生け捕りにするのは、非常に困難かと」
「どうかな」
団長と呼ばれた男が、事も無げに言う。
「やる前から無理だと断じるのは、騎士の流儀とは言えないよ」
「信じてください……!」
リリスは二人のやり取りに割って入った。
「本当なんです。もうすぐ、また私の近くに雷が落ちます。それが、分かるんです。危ないですから、お願いです、私から離れてください!」
リリスの必死の訴えに、一番近くにいた二人がたじろぎ、やがてゆっくりと後退りし始めた。
それを合図にするかのように、周囲の者たちもじりじりと彼女から距離を取っていく。
だが、たった一人だけは違った。
団長と呼ばれた男だけは、怯むどころか、むしろリリスの方へと一歩、足を踏み出した。
その迫りに気圧されるようにして、今度はリリスが後ずさる。
この男には、どんなに言葉を重ねても通じない――そう強く感じた。
説得を諦めたリリスは、再びその場から逃げ出そうと身を翻した。
だが、地を蹴ろうとした刹那、背後から声が届く。
「君が――『悪魔の子』なのかい?」
「……」
リリスが立ちすくんだまま沈黙でそれに応じると、男は静かに言葉を継いだ。
「電気を操る魔女がいるという噂を、かねがね聞いてはいたけどね。単なる作り話だと思っていたが……どうやら本当だったみたいだ」
男がさらに一歩、また一歩と歩み寄ってくる。
リリスは怯えて、胸元の襟をぎゅっと握りしめて身を固くした。自分を守ろうとする、せめてもの抵抗だった。
逃げ出そうという気力は湧いてこなかった。
この男を前にしては、どこまで逃げたところで無意味ではないか――そんな抗いがたい予感が、彼女の足を縫い止めていた。
実のところ、リリスは分かっていた。
この男が何者であるのか、気づいてしまっていた。
もちろん初めて聞く声だった。深く被ったフードのせいで、その素顔もまだ見えない。
だというのに、彼女の直感ははっきりと、目の前の男の正体を告げていた。
それをまるで、答え合わせでもするかのように――
男はゆっくりとフードを後ろへ撥ね退け、隠されていたその貌(かお)を露わにした。
「……イヴァヌエル」
リリスの唇から、その名がぽつりと零れ落ちる。
彼女の目の前に立っている男。
帝国の聖騎士団を統べる団長、イヴァヌエルその人であった。
(やはり……この人は、怖い)
リリスは、静かに戦慄した。
昼、雑貨屋の窓越しに眺めた時の印象と、寸分違わない。
「貴様……」
突如、先ほどディアナと呼ばれた女騎士が、再び前へと進み出た。
「団長の名を軽々しく口にするとは。その不敬、命で償う覚悟はできているだろうな!」
ディアナが再び剣に手をかけようとした。
するとイヴァヌエルが振り返ることなく、ただ片手を上げるだけで彼女を制した。
彼はリリスを見据えたまま、自分の部下に言葉を投げかける。
「この子の言う通りだよ、ディアナ。危ないから、下がっていなさい」
「で、ですが……」
「ディアナだけではない」
イヴァヌエルは声を張り上げ、周囲の者たち全員に言い渡した。
「全員、もっと下がるんだ。雷に打たれたくないのならね」
「ですが、それを言うなら団長だって同じはずです!」
ディアナが声を荒らげた。
「団長こそ、その者から離れてください」
「私は大丈夫だ」
「そんなわけないじゃないですか!」
ディアナが心底心配そうな顔で力説する。
「いくら団長が、帝都中の女性が惚れ込むほど格好良くて、前のリザードマン襲来事件をほぼお一人で食い止めたほどお強いとはいえ……流石に雷に打たれては、無事では済みません!」
「ディアナ副団長」
イヴァヌエルはようやくリリスから視線を外し、ディアナを見た。
そして、少し声を低めて言った。
「私は大丈夫だと、言ったはずだよ」
「……」
ようやく、ディアナが口を噤んだ。
イヴァヌエルがディアナの方を向いているため、リリスから彼の表情を窺うことはできない。
だが、その視線に晒されたディアナの顔から、みるみるうちに血の気が引いていくのを、リリスは感じ取っていた。
やがてディアナは「……申し訳ありませんでした」と、会釈とも目礼とも取れる仕草で謝罪し、そのまま素直に引き下がった。
彼女が退くと、他の部下たちもそれに倣って後退する。
リリスとイヴァヌエル以外の全員が、二人から十分な距離を置いた場所で待機することになった。
こうして、リリスとイヴァヌエルだけがその場に残される。
しばらくの沈黙。
どうしていいか分からず、リリスが立ちすくんでいると、やがてイヴァヌエルが先に口を開いた。
「雑貨店で見かけた時にも感じたけれど……」
彼が、リリスの方へさらに顔を近づける。
リリスは後ずさることさえ忘れ、目前に迫る彼の顔を、何かに魅入られたかのようにただ見つめるばかりだった。
「君」
イヴァヌエルが言った。
「私と、同じ色の目をしているね」