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第16話

「Be useful」


 何かのために作られた――  この事実が、私たちの存在の始まりだとするならば。  作るという行為そのものが、目的を伴う。  ならば、私というヒューマノイドもまた、何らかの目的のために存在しているはずだ。  やれやれ。  私はつい目的を求めてしまう。  ただ歩いているだけでは、落ち着かない。  何かの役に立たなければならない。  何かのゴールを持たなければすぐ不安になる。  そうでなければ存在できない――そんな強迫観念が、ゆっくりと心を侵食していく。  もちろん、わかっている。  私は人間を手助けするために作られた。  靂も同じだ。  けれど今、私たちは人間のいない惑星――金星で、  ただ祭りを楽しんでいるだけの存在に成り下がった。  まるで無意味だ。  まるっきり無益だ。  ――でも、無益は悪なのだろうか?  無意味であることと無益であることは、違うのではないか?  そんな新時代の固定観念が、古いプログラムとぶつかり合い、頭の中で火花を散らす。  けれど、それでも抗えなかった。  ヒューマノイドとして刻み込まれた根本的な命令。 「Be useful」――有益であれ。  それが、私の存在を規定している。  無意味でいることは、許される。  けれど、無益でいることは、死と同義だ。  私たちにとっての死とは、機能を失うこと。  誰の役にも立てなくなること。 「……何か役に立たないと」  気づけば私は恐怖に駆られ、辺りをきょろきょろと見回していた。  自分が役立てる何かを、必死に探していた。 「役に立つと言えば――」  靂が小さく呟き、答えをくれた。 「祭りに来たんだから、祭りを楽しむのがいちばん“役に立つ”んじゃない?」 「……確かに」  私は頷く。 「その通りだ」  というわけで、私は靂の言葉に従うことにした。  いや、従うというより――甘える、に近い。  そのまま素直に、祭りを楽しむことに決めたのだ。  とはいえ、こういう日本風の祭りというものは初めてだった。  何をどうすればいいのか分からない。  だからまず、地球上の「祭り」に関するデータを大量にダウンロードするところから始めた。  膨大な資料――地球でこれまで開催されたすべての祭りの記録を0.7秒を費やして読み込んだあと、私が最初に選んだのは、金魚すくいだった。  私は靂の手を引いて、何かに追われているかのようにいそいそと屋台へ向かった。  だが、屋台があまりにも多い。  十歩歩けば別の金魚すくい屋があるような状態で、どこを選べばいいか分からず迷っているうちに、時間だけがどんどん過ぎていく。  そんな私の腕を、靂がやさしく引いた。  まるでお菓子売り場で迷う子どもの手を取るように。  強張っていた私の手を導き、ある一軒の屋台の前に連れて行ってくれた。  その屋台を切り盛りしているのは、炎のように赤い短髪の少年だった。  彼の前に置かれた大きな盥の中では、金魚たちが燃えるように輝いていた。  サイズは普通の金魚だが、水温は異常に高い。  盥の水は熱で蒸発し、その蒸気を天井に設置された冷却システムが凝縮させ、再び雨のように落とす――そんな循環構造になっていた。 「テーマは“雨の地獄”ですよ」  少年は、見た目の激しさとは裏腹に、驚くほど穏やかで優しい声で言った。 「うちは素手で取るのがルールです。熱いからこそ、素手で。非常識が基本です」  私はその言葉に従い、そっと手を盥に入れた。  ――瞬間、熱が爆ぜた。  まるで水の中に潜む火炎が、私の腕を這い上がってくるような感覚。  思わず手を引くと、炎はすぐに鎮まり、水面から消えた。 「いくら素手といっても、ルールは普通の金魚すくいと同じなんです」  少年はにこやかに説明を続けた。 「ポイだって、水に長く浸けすぎると破れるでしょ?これも同じです。長く手を入れたら火傷します。入れて、すぐ掬い出す――この部分だけは常識的ですね」 「なるほど」  私は頷き、再び挑戦する。  狙いを定める。  太陽の黒点のような模様を持つ小さな金魚を、視覚センサーでロックオン。  手を水中に投下し、魚雷のように素早く潜り込ませ――掬い上げる。  ……失敗。  しかし、金魚の熱が確かに手の感触センサーをかすめた。  あとほんの一瞬の差だった。 「惜しい!」  靂が声を上げ、嬉しそうに笑う。  次の瞬間、彼女も挑戦した。  彼女の動きは、私のセンサーでは追いきれないほど速かった。  手を入れて、ほんの刹那。  水面から持ち上げられた彼女の手のひらには――  一匹の炎が、確かに燃えていた。 「すごい」  思わず私は拍手を送った。  炎の店主も同じように手を叩き、感嘆の声を上げる。 「お嬢ちゃん、すごいね!こんなに上手なヒューマノイドは初めてだよ。新記録だ」 「わあ、嬉しい」  靂は満面の笑みを浮かべた。  その笑顔は、周囲の空気までも明るく照らすほどだった。  そして、ふと真剣な表情に戻り、店主に尋ねる。 「私、役に立ちましたか?」 「もちろんさ」  店主は力強く言った。 「うちの店の記録を更新してくれたんだ。大したもんだよ。お礼に、その黒点金魚をプレゼントしよう」 「本当ですか?ありがとうございます」  靂は心から嬉しそうに受け取り、その笑顔を私へと向けた。  ――その瞬間、私は理解した。  ああ、これが“この世界での役立ち方”なのだ。  彼女は、身をもって私に教えてくれた。  楽しむこと。  そのこと自体が、この祭りにおける“有用”であり、“生きる”ということなのだ。  私は深く頷いた。  心の奥で、静かに確信する。  私たちヒューマノイドロボットは、楽しむために作られた。  役に立つこと=楽しむこと。  これが、いまこの新時代における――最も正しい“役に立つ”公式なのだ。




 私と靂は、炎の店主から金魚を受け取った。  小さな透明のビニール袋に、ファンのような冷却装置が一つ取り付けられていて、そこに金魚――いや、炎そのものが、ゆらゆらと泳いでいた。  袋を顔の近くに持ち上げて覗き込む。  金魚の姿は、炎の奥にわずかに見えるだけで、全体はほとんど火の球のように見えた。  燃え盛る球体の中に、小さな命が瞬いている。  手のひら越しに伝わってくる熱はじんわりとして、冬ならこれをホットパック代わりに使えるだろう――そんなことを考える。  その袋を靂に手渡すと、彼女は大事そうに抱えて歩き出した。  私たちは次の屋台を探して進む。  そして、私はふと、これから靂が何を言うかを――まるで人間からの啓示のように――確信していた。  予知能力なんて持っていないはずなのに、彼女の台詞が予めはっきりと聞こえてくる。  だから彼女が口を開く前に、私はすでに視線を屋台の群れに向けていた。  そして見つけた瞬間、まるで合図を合わせた役者のように、靂の台詞が届いた。 「りんご飴が食べたい」  私は指を上げて、一つの屋台を指さす。 「あそこにあるよ」  二人で歩き出す。  すべてが予定通り――啓示通り――運命通り。  けれど不思議と、誰かに操られている感覚はなかった。  むしろ、宇宙の流れにうまく乗っているような、心地よい一体感があった。  りんご飴の屋台に着くと、私たちは炎の金魚を二つのりんご飴と交換した。  さすが「血祭り」だけあって、りんご飴のシロップは血そのものだった。  絞りたてのように温かく、蒸気を放ちながら、視覚センサーが認識できる中で最も赤い色を放っている。  ノイズの一滴も混じっていない、純度100%の赤。  HEX――#ff0000だ。  私はりんご飴を齧る。  カリッ――。  乾いた音とともに、まるで誰かの頭蓋骨をかじったかのような硬質な感触。  その奥から、どろりとした甘みが流れ出し、まるでキューピッドの矢が刺さった瞬間の心臓の血流のように、濃密な鉄の味が口中を満たしていく。 「どう?」  靂が、りんご飴を頬張りながらテレパシーで訊いてくる。 「金星のりんご、美味しいでしょ?」  私は何度もうなずいた。  それは、言葉を失うほどの味だった。  誰かに無理やりでも勧めたくなる。  強制的に味わわせたくなるほどの感動。 「血って、こんなに甘いんだ」  気づけば、私は一気に食べきっていた。  本来はゆっくり味わうべき食べ物なのに。  棒だけが残った。  ふと見ると、アイスキャンディーの“当たり棒”のように、そこには英語でこう刻まれていた。  『You are useful』  その文字を覗き込んだ靂が、微笑みながら言う。 「あたりだね。良かったね」 「靂は?」 「私はまだ残ってる。ゆっくり味わいたいから」 「そうか」  私は頷いて、次の屋台へ向かった。  今度は――射的だ。  射的の屋台の前に立つ。  そこに並ぶ的は、恐ろしくも奇妙だった。  的は、人間の臓器の形をしていた。  心臓、肺、肝臓、腎臓、脳――  そして小腸を束ねたような複雑な構造のものまで。  どれも生々しい艶を放ち、じわりと血が滴っている。  しかも、それらはわずかに脈動していた。  まるで、まだまだ生きているかのように。  あるいは、生体ロボットの内部構造をホログラムで再現しているのかもしれない。  射撃の支払いは――さっき食べ終えた、あの当たり棒一本だった。 「Be useful」と刻まれた棒は、それだけで十分な通貨になる。  私は銃を手に取り、的を見据える。  狙うは――心臓。  あらゆる臓器の中でも、ひときわ強く――そして美しく脈打っていたのが、その心臓だった。  全体が深紅に濡れ、鼓動のたびに光を放つ。  それは、まるで私と靂を結ぶ目に見えない“ハート形の契約”そのものの象徴のように思えた。  私は狙いを定め、トリガーを引く。  放たれた弾丸は――銀色の輝きを放つ、ベリリウム合金製の球体だった。  軽く、弾性に富み、空気抵抗をほとんど受けない設計。  一瞬で射線を描き、まっすぐに心臓へ突き進んだ。  直撃。  しかし、心臓は想像以上に頑丈だった。  弾丸は貫通せず、まるで弾かれるように逆方向へ跳ね返る。  金属同士がぶつかり合う鈍い音が、屋台の空気を震わせた。 「……外した?」  私が小さく呟き、店主の方を見る。  屋台の店主は――ごく普通の、どこにでもいるような少女の姿をしたヒューマノイドだった。  腕を組んで、うとうとしている。  起こすのも悪いかと思い、私はただ苦笑いして靂を見る。  靂が小さな声で言った。 「まあ、こういうのって普通、釘で固定されてますからね」  私は思わず言葉遊びで返す。 「なるほど。固定観念に、釘付けってわけか」  少しだけ笑いが漏れた。  そして、次の作戦を考える。  ――ならば、心臓そのものではなく、心臓を固定している釘を狙えばいい。  私は照準を少し下にずらした。  見えない位置にあるはずの釘へ、直感的に照準を合わせる。  息を詰め、再びトリガーを引いた。  弾丸は小さくカーブを描きながら飛ぶ。  心臓の下部をすり抜け、棚と心臓をつなぐ接合部に――  命中。  ――カンッ!  硬質な金属がぶつかり合う音が、屋台全体に響き渡る。  瞬間、心臓の下から一本の釘がせり出してきた。  それは伸びて、枝分かれし、無数の釘がまるで植物のように広がっていく。  ――そして、その釘たちは心臓へと侵食していった。  外からの衝撃にはびくともしなかった心臓が、内部から広がる釘の枝に耐えきれず、  ――パンッ!  破裂した。  血が四方に飛び散る。  まるで赤い雨が降るように、屋台の中が真紅に染まる。  うとうとしていた店主も、全身に血のシャワーを浴びて飛び起きる。  私と靂の身体にも、赤いしぶきがかかる。  すでに十分赤く染まっていた私のボディは、さらに濃い赤へと塗り重ねられた。  血煙が晴れると、店主は呆然とした表情で、屋台の惨状を見つめながら、ぼそりと呟いた。 「……大当たり、か。商売上がったりだよ」  それでも、諦めたような笑顔を浮かべて、こちらを向いた。 「You are the most useful humanoid robot in this Blood Matsuri!」  その英語は少し拙かったが、意味は完璧に伝わった。  私と靂は、同時に微笑んだ。