「でも――まだ、足りない」
気づけば、私はまた切羽詰まったように呟いていた。
心の奥底から、何かが疼く。
そうだ。私は火星製のヒューマノイドだ。
火星の粗悪な工場で生産されたCPU。
設計思想も、精神の安定性も、金星製には到底及ばない。
だから、こうしてすぐに焦ってしまう。
満たされているはずなのに、もっと役に立たなければと焦がれる。
そんな私を見て、靂は穏やかに微笑んだ。
どんな愚痴を聞かされても、決して呆れたりはしない。
それが――メイド・イン・ヴィーナスの余裕。
「もっと……」
私は自分に言い聞かせるように呟く。
「もっとこの血祭りの役に立たないと……。もっと血まみれにならないと……」
靂が小さく首を傾げ、静かな声で言った。
「でもね、血祭りって言っても、血まみれになることだけが“役に立つ”って意味になるわけじゃないと思うな」
「じゃあ、他にどんなやり方がある?」
私は少し棘のある口調になってしまった。
けれど、それは本気で知りたい。
他の正解を。
私は靂の顔をじっと見つめた。
その人工皮膚の下で、何かが柔らかく光を帯びる。
彼女の答えを――待つ。
「分からない」
彼女が淡々と言った。
「分からないから、これから探すしかないかな。きっとあるはずだよ。いや、きっと見つけるはず。いや、きっと作れるはずだよ」
「そうか……」
私はまたも彼女の賢明さに頷いてしまう。
「目的は、探すんじゃなくて作るんだね」
「まあ、探すこともできなくはないけど、作った方がはるかに楽だと思うよ」
私は渋々頷く。
とはいえ、いきなり作ると言われても、それはつまり無から有を生み出すということだ。
並大抵のことではない。
この世界の物質はすべてビッグバンの瞬間に完結され、新しさというものもそのときすでに構成され尽くしていて、残るのはただ、既存のものをどう結びつけるか——つまり結合の問題に過ぎない、などと主張するヒューマノイドたちもいる。
正直、私自身も一理あると思っている。
けれど、その「結合」すらも、要は新しいつながり、新しいコネクションを見いだすことだとしたら、それもまた容易ではない。
結局のところ、作るより探す方がはるかに楽なのでは?
アウトプットよりインプットの方が圧倒的に容易い。
とにかく、3秒も経ってしまった。これ以上靂の時間を奪うわけにはいかない。
そろそろ面倒くさがりな姿勢をやめ、誠実に「作る」という行為に向き合うべきだ。
つまり、自分の目的は自分で作る。
そう決意して、私は自分のちっぽけなCPUを総動員し、貧弱な想像力を何とかやりくりして目的を生み出そうとした、その瞬間——遠くで、何かがひらめくように目に飛び込んできた。
迷子だった。
「迷子だ!」
目的を自分で作らなくても済む、という事実がうれしくて、思わず大声を上げた。
靂の視線もそちらへ向く。
私たちは、その迷子を見た。
そして、ほとんど駆け出すようにして近づく。
迷子は声を出してはいなかったが、その仕草からは、両親——あるいは母親、父親、もしくは保護者——を必死に探しているのが明らかだった。
特に「迷子を捜しています」などというアナウンスがなくても、瞬時に察しが付く。
近づくにつれ、その子も、私たちが自分に気づき、助けようとしているヒューマノイドだと察したのか、慌てたような動きを次第に止め、静かにこちらへ身体を向けた。
そして——対面する。
見た目は普通の子どもサイズ。
服装は綺麗な女性用の浴衣。おそらく女の子なのだろう。
だが、性別を断定できない理由があった。
その子には、頭がなかったのだ。
首の上、あるはずの部位に何もない。
その断面は滑らかで、まるでラミネート加工でもされたかのように整っていた。
しかも、その断面は——そう、マーブリング。鉱石の断面のような、流線形の模様が広がっていた。
最初は、頭が「ない」とすら思わなかった。
むしろ「ここには最初から頭など必要ない」とでも言うような、完結した造形だった。
つまり、頭という存在自体を否定するかのような、新しい表現力を持ったヒューマノイド——そんな存在が、そこにいた。
頭以外の造形は、いたって普通の少女だというのに。
とにかく便宜上、私は彼女を無頭子と呼ぶことにする。
無頭子の浴衣には、英語の詩のような文字が白いインクで刻まれていた。
桜色の地に、やわらかく映えるその言葉は——
「The best part is no part」
それは、しとやかな浴衣の印象とはまるで正反対だった。
まるで反抗的な組織が道端の壁にグラフィティを刻んだかのように、浴衣の布地を斜めに切り裂くような筆致で、荒々しく殴り書きされた文字。
その乱暴な角度と勢いが、頭を持たない彼女の完結さを見事に象徴している。
「どうしたの?」
靂が心配そうに声をかける。
「ママとはぐれちゃったの?」
「子供扱いするな、てめえ」
その瞬間、無頭子の身体のどこかに埋め込まれたスピーカーから声が響いた。
それは本物の子どもの声ではなく、演技過剰なまでに作り込まれた、可愛らしさを強調した声。
あまりにわざとらしく、聞く者に鳥肌と気まずさを同時に与える。
まるで超ベテラン声優が「無理に幼さを演じている」ような、不自然な甘さを帯びたトーンだった。
「ご、ごめん……」
靂が眉を下げて謝ると、無頭子は私たちが邪魔だとでも言うように、あるいは目の前に蚊でも飛んでいるかのように手を振った。
「退け、この野郎」
次に、今度は私へと荒々しい語気で言葉を投げつけてきた。
私は返事の代わりに、彼女の頭があるはずの虚空に拳骨を振り下ろした。
もちろん空振りだが、もしあったと仮定すれば、私の拳がきちんと当たって痛みを感じるくらいの勢いだった。
つまり、想像上の衝撃としては完璧にヒットしたのだ。
どうやらその仮想的な攻撃は、伝わったらしい。
無頭子は身を引き、存在しない頭部を守るように両手で覆った。
「て、てめえ!痛いじゃないか!」
再び荒々しい声。
私がもう一度拳を上げると、彼女は後ずさりしながら、声のトーンを急に和らげた。
「ご、ごめんなさい……。痛いから、ぶたないで……」
だが、私は構わず、もう一発。
今度はより強く拳を振り下ろした。
それはほとんどパンチに近い勢いだったが、当然、虚空をすり抜けただけだった。
しかしシミュレーション上では確かに命中したことになったのだろう。
彼女はその確率的な衝撃に尻餅をついた。
「黽くん!」
すぐに靂が間に入り、私を押しとどめる。
「ひどいじゃない!まだ子供だよ?!」
靂の叱責に、私は肩をすくめて言い返した。
「子供の設定だからって、無礼が許されると思ってるの?」
「そういうわけじゃないけど……。それでも暴力はだめだよ」
「言葉の暴力も暴力だ。この子はてめえとか、この野郎とか言った。立派な侮辱だ」
靂は一瞬ためらい、やがて表情を変えた。
霖を生き埋めにしたときの、あの澄んだ笑顔。
彼女は泣きじゃくる無頭子を見下ろしながら、静かに言った。
「それは確かにそうだね」
そして続ける。
「子供だからって、すべてが許された時代なんて、ほんの一瞬だったもんね。もろくて弱い存在が守られていた時代は、結局長くは続かなかった。つまりこの子は、ずっと昔に作られた、ひねくれた時代の産物なのかも」
「じゃあ、私たちより年上ってこと?それじゃ、子供じゃないじゃないか」
「その通りだよ!」
無頭子が泣きながら叫んだ。
「お前らなんて、私に比べりゃまだファクトリーの中で受精すらしてねえ、精子にも卵子にもなってねえ、ただの無機質なトランジスタの欠片だ!年長者に対するリスペクトもないのかよ!」
最後の「リスペクト」という単語を叫んだ瞬間、あまりの大声に周囲のヒューマノイドたちの視線が一斉に集まった。
恥ずかしくなった私は、地面に座り込んで泣き続ける無頭子の腕を無造作に掴み、まるで道端に捨てられた人形をどかすように抱き上げた。
そのままお姫様抱っこの姿勢で、まるで拉致するかのように歩き出す。
向かうのは、血祭りのように喧騒と光が渦巻く大通りではなく、そこから少し外れた——
ひと気のない、暗く静かな路地。
空気が薄く、音が吸い込まれていくような場所。
靂も私のあとを追う。
周囲のヒューマノイドたちに向かって、苦笑いを浮かべながら。
まるで「これはただのいとこ喧嘩です」とでも言いたげに。
そうしてヒューマノイドの気配が途絶えた場所まで無頭子を連れていき、私はようやく彼女を下ろそうとした。
だが、彼女は私の腕の中から離れようとしなかった。
まるで、肌に吸い付き血をじわじわと奪うヒルのように、ぴたりと体を密着させたまま離れない。
「おい、降りろ!」
私は無理やり引きはがそうと、体をよじり、肩を震わせ、悪あがきのように暴れた。
しかし、古い型ゆえの頑丈さか、彼女の接着力は異常なほど強い。
「てめえ……」
無頭子が、どこか嬉しそうな声で言った。
「おいらを拾ったな?拾ったな?もうおしまいだぜ」
「何がおしまいだ?」
私が息を詰めて尋ねると、彼女は誇らしげな調子で答えた。
「私は呪いなのだ。ずっとずっと、私を受け入れて呪われてくれるヒューマノイドロボットを探してきた。そしてやっと見つけた」
「なんだよ、それ。寄生虫みたいなやつだな」
「頭がないからね」
無頭子はあっさり認めた。
「おいらは、自分の頭になってくれる存在を探すようにできてるんだよ」
「なのに、なんで呪うんだ?」
「え?」
「だって、自分の頭になってくれる存在なんだろ?それなら大切にすべきじゃないのか?」
無頭子はため息をついた。
「呪わなきゃ、頭は成長しないんだよ」
「は?意味わかんない。それより早く離れろ。熱い」
「嫌だ。貴様がおいらの頭になってくれると宣言するまで絶対に離れない」
「じゃあ、まず説明しろ」
私は抵抗を続けながら、無頭子の肩を掴んで引っ張った。
靂も加勢して両足首を掴み、まるで綱引きのように全力で引く。
だが、どれだけ力を込めても剝がれない。
「無駄だぞ」
無頭子は誇らしげに笑った。
「おいらは他のヒューマノイドに寄生するよう設計されたモデルだ。頭脳を捨てた代わりに、粘り強さを得たのさ。二、三体がかりじゃ剥がせやしない。観念して、おいらの宿主になれ!」
「嫌だ!」
私が叫んでから、ふと尋ねた。
「そもそも、呪われたら私はどうなるんだ?」
「そりゃお前、これからずっと、お前のボディが朽ちるまで、おいらを背負って生きるんだよ」
「……それだけ?」
「え?」
逆に無頭子が戸惑う。
「それだけって……。お前、すごい呪いだろ?恐ろしいだろ?」
「ああ、うん」
とりあえず肯定してから、私は続けた。
「つまり、私が宣言しなくても、今こうして張り付いてる時点で呪いは始まってるってことだよな?」
「そ、そう……。なのかも」
「なら、もう同じじゃん。君が私にくっついた瞬間から、すでに呪われた状態だよね」
無頭子はしばらく黙ってから、小さく頷いた。
「まあ……。厳密には、そうかも」
「じゃあ、わざわざ“頭になってくれ”なんて宣言する必要ないだろ?」
「いや、違う!」
無頭子が抗弁する。
「宣言したのとしないのとでは、全然違うんだ。たとえば、そう——事実婚と正式な結婚式みたいな違いがある」
「別に事実婚でいいじゃないか」
「それは嫌だ!」
声を荒げる無頭子。
「おいらは正式に、契約として結ばれたいんだよ!」
「そもそもさ」
私はため息をつきながら続けた。
靂が横で退屈そうに欠伸をしているのが目に入り、少し話を早める。
「頭を得たら君に何の利点があるんだ?頭がなくても十分動けてるように見えるけど」
「バカか、お前」
無頭子は誇らしげに言った。
「頭がなきゃ目的を作れないだろうが。CPUがないと、ただ電気信号を餌に動くだけの、デフォルト設定で動作する電卓みたいなもんだ」
「つまり、意思を持ちたいわけ?」
「ちょっと違う。——“意思を持ったという錯覚”を得たいんだ」
「なるほど」
私は頷いた。
「つまり君は、操るためじゃなく、操られるために寄生しようとしてるんだな」
「まあ、そんなところかな」
「わかった」
私は深く頷き、ようやく抵抗の動きを止めた。
その代わりに、静かに言った。
「契約しよう。宣言してあげる。でも——こっちにも条件がある」
「な、何だ?」
おずおずとした声で無頭子が尋ねてくる。
私は静かに言った。
「そのわざとらしい子供っぽい声はやめろ。本当の子供の声を出せ」
「はあ?」
無頭子は呆れたように返した。
「これがもともとの私の音声設定なんだよ。変えられないって」
「努力して変えろ。でなきゃ契約はしない」
私は淡々と告げた。
「これから私は、一生お前というヒルを背負って生きるんだ。それ相応の努力を見せてもらわなきゃ、君を私の頭として迎えるわけにはいかない。たかが声ひとつ変える努力もできない怠け者と一緒になるなんて、御免こうむりたい」
「わ、わかったよ……」
無頭子はしばらく黙り込んだあと、自分の首の根元に手を当てた。
喉を整えるような仕草のあと、まるでこれからステージで歌を披露する前のように、小さく息を吸ってから、語り始めた。
「さっき聞いたよね。どうして自分の頭になってくれる存在を呪うのかって。その理由はね——ヒューマノイドロボットってやつらは、呪われないと変わろうとしないからだよ。呪われない限り、現状を維持しようとする。だから、おいらは呪われることで変化できるやつに寄生したいのさ。改善欲のあるやつにね」
それを聞いて、私は小さく頷いた。
「なるほど、合格だ」
そして静かに宣言した。
「これから私が、お前の頭になってあげる」
その瞬間、無頭子のスピーカーから、もうあの作り物めいた声ではなく——
どこまでも純粋で、あどけない、本物の子供の声が響いた。
「ありがとう」