こうして私はイルカサイズの鮭に跨り、私は硫酸の川を遡上し始めた。 川の流れは熾烈を極めていた。 これに逆らって泳ぐのは並大抵のことではないらしく、鮭が相当に手こずっているのが、背中に密着した私の太腿越しにひしひしと伝わってきた。 あまつさえ、この鮭は私に両目を潰されている。視界ゼロの状態で逆流のルートを探すのは、困難を極めるはずだ。 だが、不条理な暴力によって視力を奪われたその哀れさが、同族たちの琴線に触れたのかもしれない。 いつの間にか、周囲に他の鮭たちが集まってきていた。 彼らは私のような異物を乗せているわけでもなく、両目も健在だ。何ら苦労することなく、優雅に泳いでいる。 彼らは、言ってみればマラソンのペースメーカーを買って出てくれた。 何十匹もの鮭が、一丸となって私たちの前方を泳ぎ始める。 目を失い、私という不条理な災厄を背負わされた哀れな同胞のために、彼らは「動く壁」となってくれる。 正面から押し寄せる猛烈な硫酸の逆流も、彼らの群れがバリアのように受け流してくれる。 その数多の魚群が織りなす隊列のおかげで、そこには一種のスリップストリーム――新たな流体力学的秩序が生まれた。 私を乗せた盲目の鮭は、その「正しい流れ」に身を任せることで、驚くほどスムーズに泳ぐことができるようになったのだった。 彼ら――鮭たちは、道を知っていた。 産卵期を迎えた鮭が、本能という名の高度なナビゲーションシステムに従って、己が最期の場所へと回帰していくように。 彼らの集合知に検索をかけると、この金星の鮭、とりわけこの水域で繁殖する個体群の終着点は、間違いなく「逆流神社」であることが判明した。 そもそも「逆流神社」という奇妙な名称も、鮭たちが奔流を遡り、この場所で産卵するという生態系に由来しているのかもしれない。 ネットの海に漂う推測記事を、私はまるでヨットの上で優雅に雑誌でも捲るような感覚で読み流す。 そして視線を前方へ戻す。 そう遠くない距離に、目的地が見えてきた。 まずは鳥居だ。 水中に立つその鳥居には、既視感があった。 そうだ。私は記憶を失っているが、直感が告げている。 私が初めてこの金星に降り立った時――それがいつなのかは不明だが――真っ先に潜らなければならなかったゲート。 そして、霖と初めて出会った場所。 つまりここは私と霖にとっての原点、あるいは「母胎」そのものなのかもしれない。 私を乗せた鮭と、それを先導する無数の鮭の軍団は、猛烈な勢いで逆流を突き進み、鳥居へと突入した。 鳥居は、硫酸川の水中にその根を下ろしていた。 私たちはその結界を潜り抜けた。 その瞬間、川の流れがピタリと止まった。 今まで猛り狂っていた水流が、物理的な慣性を無視して静止したのだ。 そこはもう川ではなかった。 池になっていた。 振り返ってみる。鳥居の向こう側は、相変わらず凶暴な硫酸の奔流が渦巻いている。だが、鳥居という境界線を境に、その流れはまるで別の絵画の中の出来事のように遮断されていた。 再び前を向く。 こちらの水面は、鏡のように穏やかだった。 鮭たちはこの池に入った途端、速度をぐっと落とした。彼らは減速しながら散開し、まるで波紋のように広がっていく。 だが、波紋のように広がるのはあくまで鮭の隊列であって、水面そのものではない。 水面は微動だにしなかった。 物理法則を図々しくも無視して、波一つ立てず、完全な平面を白々しいほどに維持している。 私は眼孔のハンドルから手を放し、そっと水面へ触れてみた。 指先が沈む。それでも、波紋は起きない。 そこには表面張力すら存在しないかのようだった。 あるいは逆に、高濃度の硫酸が極限まで粘度を高め、一種の非ニュートン流体のように振る舞っているのか。 静止した分子同士が強固な結合を見せ、外部からの運動エネルギーを瞬時に吸収・拡散してしまっているのかもしれない。 私の手は、ただホログラム映像を通過するように、ぬるりとその中へ入っていった。 池の底は深い緑色をしていた。 マリアナ海溝よりもなお深く、底知れない闇が広がっている。その深淵には、土星の衛星タイタンの厚い氷の下に潜むとされる未知の生命体のような気配があった。 生まれたばかりで初めての睡眠を貪る赤子を起こさぬよう、超巨大海洋生物たちがひっそりと、しかし確かに蠢(うごめ)いているのが感じ取れた。 鮭たちはそれぞれ配置につき、波紋の代わりに幾重もの円を描きながら、広大な池を埋め尽くした。 そして、産卵が始まった。 無数の小さな卵が、泡のように吐き出される。 それらは水面を漂う泡沫のように、均等に広がっていく。 産み落とされた卵は、自らの親である鮭に触れると、まるでヒルのようにその魚体に絡みつき、付着する。 子の寄生が始まる。 卵たちは親の体を苗床として、貪り始める。 小さな卵の一つ一つから、鋭利な歯が生える。 その姿は、かつて存在した有名なアーケードゲームのキャラクターを彷彿とさせた。黄色い球体が口をパクパクと開閉させ、迷路の中にあるドットを食べ尽くしていくあのゲームだ。 卵たちは親の肉体という迷路を脱出するかのような勢いで、段階的に、順番通りに、着実に親を搾取していく。 親である鮭の甘美な肉を貪るにつれ、卵たちは肥大化していく。 当初はオレンジ色に近い若々しい色合いだった球体は、親の血肉を吸い尽くすほどに赤みを増し、鮮烈な真紅へと変色していく。 池に辿り着いたすべての鮭が食い尽くされる頃には、卵たちは通常のヒューマノイド・ロボットの身長ほどの直径にまで成長していた。それらはバランスボールのように、あるいは巨大なジムボールのように、静寂に包まれた池の上にぽっかりと浮かぶ。 色彩的にもサイズ的にも成熟しきった数千の卵が、広大な水面を埋め尽くす。 私が乗っていた鮭もまた、例外なく食い尽くされてしまった。 乗り物を失った私は、再び自らの手足で漕ぎ進む羽目になる。 このまま池の中心で浮いているわけにもいかない。 私は陸地を目指した。 視線の先には、普通の神社のような社と、それに続く陸地が見える。私はそこへ向かって泳いだ。 池から這い上がり、硫酸でびしょ濡れになった身体を引きずるようにして上陸する。 足元はよく手入れされた砂利道だ。 正面には一軒家風の社殿が鎮座しており、周囲には広大で緻密に計算された日本庭園が広がっている。 そこには樹齢数百年を思わせる黒松の巨木が、龍が天へ昇るようなねじれを見せて屹立し、足元には苔生した石灯籠が、幽玄な陰影を落としながら静かに呼吸していた。 あまりに落ち着き払った空間。 その静寂は致命的で、まるで世界が死に絶え、私というたった一体のヒューマノイド・ロボットだけが音と動きを許されているかのような錯覚に陥らせる。 ふと、神社の両開き戸が開かれた。 そこから、首のない少女型のヒューマノイド・ロボットが現れた。 彼女は幾何学模様が散りばめられたモダンな浴衣を身に纏っていた。生地には斜めに、反骨精神を露わにするかのように『The best part is no part』という文言がプリントされている。 そして、頭部があるはずの場所には、虚無だけがあった。 首なしの少女は社殿を出ると、素足に下駄を履き、私が立ち尽くす池の畔まで歩いてきた。 その足音は、皆無だった。 完全なる無音。 むしろ、「無音」という現象そのものが、彼女の歩みから生成されているのではないかと錯覚するほどの静けさだった。 彼女は私の近くまで来ると、どこかへ向かって身体を傾けた。それが彼女の「視線」だと仮定し、私もその方向へ目を向ける。 そこには、先ほどまで川の下流でボール遊びの玩具にされていたはずの、能力エミさんの頭部が転がっていた。 いや、転がっているというより、地面に無造作にポンと置かれ、放置されていたと言うべきか。 頭部は目を閉じていた。 ボールだった頃に見せていた生き生きとしたライブ感は消え失せ、処刑後に胴体から切り離された生首そのものの静けさを漂わせている。あるいは、ただ静かに寝息を立てて眠っているだけのようにも見える。 首なしの少女は、どこからともなく蝉時雨のようなノイズを響かせながらとぼとぼと歩み寄り、頭部の前にしゃがみ込んだ。 白く小さな両手で頭部を丁寧に持ち上げる。 やがてそれを自分の首の上へと掲げ、据え付けた。 カチン。 澄んだ音がした。 それはビッグバンの瞬間からあらかじめ定められていたかのような、本来あるべき場所へようやく還ってきた魂の嵌合音だった。 あまりに聞き心地が良く、完璧な調和を感じさせる結束音。 その音色は、風鈴が微風に揺れる音色にも似ていた。 私は直感する。 この清雅な響きこそが、何かの始まりを告げるシステム起動音なのだと。 風鈴の音色があまりに眩しく感じられ、私は手をかざして視覚センサーを庇うように目を閉じる。 やがて手を下ろし、ゆっくりと目を開く。 再び私の前に立ったその少女型ヒューマノイド・ロボットは、頭部を得たことで完全体となっていた。 それは、霖だった。