悠人は二人を連れて家を出ると、庭を突き進んだ。 門を開けて外に出ようとした瞬間、立ちはだかる数人の男たちに遮られた。到着したばかりの彼らは、作業服に身を包み、家のインターホンを押そうとしていた。 『兄妹の部屋』を取り壊しに来た、解体業者たちだった。 母と父も、力なく庭へ出てきた。父は業者たちの姿を見て、眉をひそめて呟いた。 「……確か、キャンセルしたはずだが」 蒼大と芽生も怪訝な表情で見つめる中、悠人が短く告げた。 「俺が呼んだんだ」 昨日、橋本たちが逃げ去った直後、すぐに業者を手配し、今朝の予約を取り付けておいたのだ。 「逃げ道は、早めに断っておいた方がいいからね」 悠人は、父を冷たく見据えて言った。 「部屋のことはもう忘れろって、父さんが言ったんだ。だから今すぐ、壊してしまおう」 業者たちが工具を手に、確認の合図を送ってくる。父と母はしばらく躊躇っていたが、やがて力なく、入り口から退いた。 「行こう」 悠人が外へ踏み出すと、蒼大と芽生もその後に続いた。背後には、二人を追おうとする父と母の姿があった。 「……ついてこないでください」 悠人は立ち止まり、縋るように言った。 「お願いします」 その気迫に圧されたのか、両親は開いた門扉の前で足を止めた。その隙に、悠人は二人を連れて一気に家を離れた。 角を曲がる際、一度だけ振り返ると、両親は遠ざかる三人をただ呆然と見送っていた。車で追ってこられる可能性を考え、悠人は視界から消えると同時に走り出した。 「走るぞ」 悠人の言葉に、蒼大と芽生も黙って速度を上げた。住宅街を抜け、三人は一度立ち止まって息を整えた。だが、いつどこから両親が現れるか分からない恐怖に、長くは留まれない。再び足を速め、やがて人通りのある市街地へと紛れ込んだ。 歩きながら、悠人は知人や後輩、OBたちに片っ端からメッセージを送った。事情を適当に偽り、一時的に身を寄せられる場所を探す。数人から快諾の返信が届き、悠人は安堵して、後ろをついてくる二人に告げた。 「大丈夫。金ならそれなりにある。足りなくなればバイトでも何でもやる。寝る場所も、いくつか当てが見つかった。しばらくは離れて過ごすことになるかもしれないけど、すぐにまた一緒になれるから。大丈夫」 二人は無言のまま、うつむいて歩き続けていた。悠人は暗雲のように立ち込める閉塞感を振り払うように、周囲を見渡した。ふと、近くのファストフード店が目に留まる。 「朝飯まだだし、何か食べよう」 二人は操り人形のように悠人の後をついてくるばかりで、一度も目を合わせようとしない。悠人はこみ上げる溜息を飲み込み、店へ向かおうと振り返った。――そして、その場に釘付けになった。 少し離れた場所に、橋本がいた。 それも、三人も。それぞれ帽子や眼鏡、マスクで変装してはいたが、悠人には一目でわかった。すべて、橋本蓮だ。 蒼大と芽生もその姿を認めた。あちらも、佐々木家へ向かう途中だったのだろう。橋本たちは足を止め、二百メートルほどの距離を隔てて、兄妹と三人の橋本は静かに対峙した。 ちょうど目の前の信号が青に変わった。悠人は促すように一歩を踏み出す。 「……別の場所へ行くぞ」 振り返る勇気はなかった。蒼大と芽生が橋本の方へ駆け寄ってしまうのではないかという恐怖で、気が狂いそうだった。だが、横断歩道を渡りきって振り返ると、二人は橋本の方を気にかけながらも、変わらず悠人の後に従っていた。 緊張の糸が切れ、膝から崩れ落ちそうになるのを必死で堪える。視界の先では、橋本たちが猛然と走り出し、距離を詰めにかかっていた。信号はすでに赤に変わっていたが、彼らは躊躇わなかった。ひっきりなしに車が通る六車線の道路へ一斉に飛び込んだのだ。 急ブレーキをかける車の間を縫い、危険を顧みずこちら側へと渡ってくる。 「……逃げるぞ!」 鳴り響くクラクションを背に、悠人は全力で走り出した。蒼大と芽生もその後に続く。 橋本たちはすでに道路を渡りきり、凄まじい速さで追いすがってくる。 逃げ惑う中、悠人の目に一筋の希望が映った。コンビニの前に、二台の自転車が停まっている。持ち主が店に入ったばかりなのか、鍵はかかっていない。 「あれに乗れ!」 悠人は一台を引き寄せると、サドルに跨がった。「早く!」 促された蒼大がもう一台を掴み、芽生がその荷台に飛び乗る。悠人は必死にペダルを漕ぎ出し、蒼大も二人を乗せたまま、必死に自転車を走らせた。 自転車が十分な速度に乗ると、一時はすぐ背後まで迫っていた橋本たちとの距離が、再び一気に開き始めた。悠人は「待ってくれ!」という彼らの叫びを背にねじ伏せ、ただ前だけを見据えてペダルを漕ぎ続けた。 だが、どこからか響いた鋭い警笛(ホイッスル)の音に、結局は後ろを振り返らざるを得なかった。 「君たち、止まりなさい!」 一人の警官が自転車で追いすがってくるのが見えた。 警官は逃げる三人を険しい目で見据えながら、肩につけた無線機に向かって何かを伝えている。悠人は一瞬、頭の中が真っ白になったが、構わずさらに速度を上げた。 アドレナリンが過剰に溢れ出したのか、爆発的な力が全身に湧き上がるのを感じた。だが、芽生を乗せて走る蒼大が限界に近い様子だったため、悠人も致し方なく速度を落とした。 蒼大が激しく息を切らしながら訊ねた。 「警察には、捕まっても別にいいんじゃない?」 「よくない!」悠人が一喝した。「あんたたちには、まだ身分を証明する手立てがないんだぞ。捕まったら、いろんな意味でおしまいだ」 ようやく事の深刻さを理解したのか、蒼大も残された力を振り絞ってペダルを強く踏み込んだ。 三人は必死に逃げ続けた。 目的地などない。ただ、警官にだけは捕まらないという一念で自転車を走らせた。太ももの筋肉が引き裂かれるように痛み、肺は焼けるように熱い。 そうして死に物狂いで逃走した末に、ようやく警官を振り切ることに成功した。