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第36話

塗装用バターのレシピ


「手作業か……」  私は渋々呟く。  その言葉の響きから、すでに面倒な雰囲気が漂ってくる。  でも、他に方法はないかと無駄な文句を言う気はないし、管理者を呼べなんて立場でもない。何より、私には残された時間がほとんどない。手首のウォッチが「急げ!」と振動し続けている。もう死ぬまで1時間ほどしか残っていないのだ。  だから、私は全身全霊で前向きになり、尋ねる。 「じゃ、どうすればいい?どうすれば君がこの真っ白な牛乳で塗装されるんだ?手作業って、どこから始めればいい?」 「塗装は意外と簡単だよ」とヘリコプターのフレームが答える。「このプール自体をバターに変えればいい」 「バターってどうやって作るんだ?」  私が聞くと、フレームは手順を簡潔に説明する。  1.生クリームを用意する。  2.清潔な容器に生クリームを入れる。  3.容器を振るか、ミキサーで撹拌する。  4.脂肪分が分離し、バターとバターミルクに分かれるまで続ける。  5.バターをこしてバターミルクを取り除く。  6.バターを冷水で洗い、余分な水分を除く。  7.塩を加える(無塩バターなら省略)。  8.バターを成形し、冷蔵庫で冷やす。  私は面倒くささを感じながら、すぐさま質問を続ける。 「生クリームなんてないじゃん。どうやって用意するんだ?」 「ここに牛乳がたっぷりあるだろ。それで作るしかない」  と、もっともな答えが返ってくる。私はため息をつきながら、さらに質問する。 「じゃ、牛乳から生クリームってどうやって作るんだ?」  ヘリコプターのフレームが、続けて手順を教えてくれる。  1.全乳(脂肪分高め)を容器に入れる。  2.冷蔵庫で静置し、クリーム層を浮かせる。  3.上澄みのクリームをスプーンやスポイトで丁寧にすくい取る。  4.集めたクリームを清潔な容器に移し、生クリームとして使用。  これを聞いて、私と迅璃はまず牛乳のプールから這い上がった。  私たちは、どこからともなく差し出された真っ白なタオルを受け取り、牛乳でびしょ濡れになった身体を拭いた。拭きながら、ついさっきまで浸かっていた牛乳のプールを見下ろす。 「これを全部バターにしなきゃいけないのか……」  気が遠くなるような量だが、迅璃と一緒ならなんとかなるかもしれない。  挑戦する気持ちを奮い立たせ、まずは一歩を踏み出すことにした。  だが、すぐに問題が浮上した。 「冷蔵庫はある?」  私が尋ねると、ヘリコプターのフレームが即答する。 「ない」 「じゃあ、バターなんて作れないよ」  そんなやりとりをしていると、横から一本のファクトリーアームが滑り込んできて、金属質な声で言った。 「冷蔵庫ならありますよ」 「本当?」思わず聞き返す。  アームの先端に付いた、トングのような二本の指が軽く揺れながら答える。 「まあ、私たちがコーラやサイダーを冷やすための冷蔵庫ですけど。バター作りには用途が違うかもしれませんが、冷却するという目的は同じかと」  事務的だがありがたい提案だ。私はすぐに乗ることにした。 「じゃあ、その冷蔵庫、持ってきてくれる?お願い」 「了解しました」  アームたちは休憩室へ向かい、すぐに冷蔵庫を運んできた。  それはプールよりやや小さいものの、牛乳の大部分を一気に冷やせそうな十分な大きさだった。ただし、中にはガラス製のコーラやサイダーの瓶がぎっしり詰まっていて、それらをすべて取り出すのにかなりの時間がかかった。 「さて、牛乳を冷蔵庫に入れるけど、容器がない。どうしよう?」  アームが尋ねてくる。  私は少し気まずそうに提案する。 「悪いけど、このコーラやサイダーの瓶、使ってもいい?」 「いいですけど、空にするには中身を飲むか捨てるかしないと」 「捨てるのはもったいないよね……」  私がそう呟くと、アームは突然、拡声器のようなスピーカーを取り出し、ファクトリー全体に響く声で呼びかけた。 「皆さん、ちょっと休憩!一服しましょう!」  すると、作業をしていたアームたちが一斉に動きを止め、ぞろぞろと私たちのいる生産ラインに集まってきた。それぞれが好みの炭酸飲料を手に取り、関節の中央にある口のような部分から飲み始めた。  瞬く間に、数千本の空き瓶が用意される。 「ありがとう!」  迅璃が弾んだ声で礼を言うと、次の手順を提案する。 「じゃ、次はこれらの瓶に牛乳を詰めるところから始めよう」 「でも、量が多すぎるよ……」  迅璃がわざとらしく弱音を吐くと、飲み物を一気飲みしていたアームたちがピクリと動きを止める。その様子に気づいた迅璃は、大きな潤んだ目でアームたちに訴える。 「手伝ってくれる?お願い」  アームたちは互いにチラチラと視線を交わし、ためらいがちな態度を見せる。だが、一本のアームが前に進み出て、こう言った。 「毎日同じ作業ばかりで飽きたし、たまには手作業も悪くないよね」 「そうだな」  その言葉をきっかけに、アームたちの意見は一気に「手伝おう」へと傾き、空になった瓶に牛乳を詰める作業に取りかかってくれた。  おかげで、数千本の牛乳入りガラス瓶があっという間に完成した。 「ありがとう!本当に助かるよ!」  迅璃が心から嬉しそうにはしゃぎながら、アームたちに投げキスを送ると、アームたちは照れくさそうにジョイントを動かし、まるでダンスのような仕草で応える。 「次は何する?」「何する?」と、積極的にバター作りに参加する雰囲気だ。 「次は、この瓶を冷蔵庫に入れて、クリーム層を浮かせるんだよね」  早速、瓶をすべて冷蔵庫に戻し、しばらく待つ。  すると、瓶の上半分にクリーム層がしっかりと形成された。  アームたちの助けを借りて、クリームが浮いた瓶を取り出す。 「次はこのクリームをスポイトで掬い出すんだ」  だが、スポイトがない。  どうしようかと悩んでいると、私たちが誤作動を起こした生産ラインで手作業でバターを作っているという噂を聞きつけた他のアームたちが、発電所の別のビルから大量のスポイトを持ってきてくれた。  おかげで、クリームをスムーズに掬い出すことができた。  掬い出したクリームは、牛乳を瓶に移した後に空になったプールに、着々と移されていく。アームたちはこの作業にすっかり夢中になり、私と迅璃以上に楽しんでいるような雰囲気さえ漂わせていた。 「じゃ、これで生クリームの用意ができたわけか」  一連の作業を腕組みして監督のような態度で見守っていたヘリコプターのフレームが、次の段階へと私たちを導く。 「本格的にバターを作れそうだから、さっそく取りかかろう」 「うん、次は何をすればいいんだっけ?」  私が尋ねると、フレームが少し呆れたように返す。 「記憶力悪いな、君」  記憶喪失の私には仕方ないことだ。苦笑しながら待っていると、フレームは少し申し訳なさそうな口調で続ける。 「まあ、悪かった。次はこれをミキサーで撹拌するんだ」 「それなら任せて!」  すると、まるで合唱するかのようにアームたちが一斉に答えた。  彼らの腕はもともとドリル仕様で、指先をミキサーの刃に変えるだけで、トロピカル・ナイト・シティ最高峰のミキサーに早変わりする。さっそくアームたちはその機能を活かし、生クリームで満たされたプールに腕を突っ込み、軽快に撹拌を始めた。  その音は、最初にファクトリーに入ったときの無気力な静かな騒音とは対照的に、新星が生まれたばかりのような生き生きとした響きを放つ。  アームたちが懸命に生クリームをかき混ぜるうちに、徐々に脂肪分が分離し始め、バターとバターミルクが分かれていく。色はほとんど変わらないが、質感が明確に二層に分かれ、重いバターが底に沈み、軽いバターミルクが表面に浮かぶ。  アームたちは今度は腕をミキサーから巨大なスプーンに切り替え――いや、正確には掘削機のような無骨なスプーンに近い形状だが――バターミルクを丁寧に掬い上げた。  この飛行体製造工場では普段あまり使わない道具での作業が新鮮だったのか、アームたちの間から歓声や喜びの声が次々と上がる。  掬い上げられたバターミルクは、置く場所や別の容器がないため、やむを得ず工場の床に流すことになった。薄灰色のエポキシ樹脂で仕上げられた床に濃厚なバターミルクが染み込み、まるでマーブルクッキーのような美しい模様が広がっていく。  ファクトリー全体が、香ばしく甘い空気に包まれ、雰囲気が一層華やかになった。  作業は楽しく、かつ迅速に進み、プールに残ったバターは、アームたちが今度は扇風機のような形状に腕を切り替えて冷やし、残った水分を風で飛ばすように取り除いた。  最後に、どこからか調達してきた亜鉛の粉を塩の代わりに混ぜ込むと、私、迅璃、ヘリコプターのフレーム、そして手伝ってくれたアームたち全員が声を揃えて叫んだ。 「完成!」  こうして、塗装用のバターが完成した。